1:迷宮直送のスープ

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 エセルは昔から好奇心旺盛で、自分の興味を満たすためなら手段を選ばないところがあった。教員の目を盗んで学校で飼育している魔法生物を唐揚げにする、なんて蛮行はまだ可愛らしい方だ。 「好きになると知りたくなるのは当然でしょう。手触りも、匂いも、味も」  というのは何とも狂気を感じるが、実際に彼が教師に対して言い放った言葉だ。もともと病院で働く癒術士であった彼が、こんな裏通りでゲテモノ料理専門店などというニッチなリストランテを経営するに至ったのも、その悪癖が要因である。  もとが優秀な魔術師であったが故に、エルドレッドは彼の進路に反対した。何を目指そうと当人の自由だと言われてしまえば、それまでの事だとわかっていたが、当時同じく癒術士として研鑽(けんさん)を積む仲間としては、彼と往く道を違えるのは許しがたい事であったのだ。彼が癒術士としては自分より優れているという自覚があったので猶更。  しかし、いくら言葉を尽くそうとも、彼の決心は揺るがなかった。 「僕にはキミが理解できないよ」  病院から去るエセルにエルドレッドはそう告げた。  勝ち逃げをされたような気持ちがして心中穏やかではなかったのだ。明確な勝負も約束もしていないだけに、子ども染みた八つ当たりである自覚はあった。そのせいで振り返る彼の顔をまっすぐ見ることが出来ない。でもきっと、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていたのだろうと思う。 「大事なことなんです。私にとっては」  諦念を滲ませた声を聞きたくなくて背を向ける。長年連れ添った相手に捨て置かれた。そんな奇妙な喪失感を感じてしまうのが、情けなくて仕方がなかった。 「お店が出来たら、来てくださいね」 「絶対行かない」  その言葉通り、あれから2年の間、エルドレッドは1度も会いに行かなかった。  そんな彼の名前が捜査線上にあがった際、エルドレッドは僅かではあるが「やりかねないな」と思う気持ちがあった。その印象は即座に「いや、そんなまさか」と打ち消したが、一度抱いた疑念はなかなか拭えぬものではない。  かといって彼の店が荒らされようとするのを、黙って見ているほど、無関心にもなれなかった。  だから、エルドレッドは戸惑いに震える手で店の戸を叩いたのだ。 「さすがに顧客名簿を見せるわけにはいかないですけど、接客時に聞き出すのは咎めません。業務時間外に個人的に接触を謀るのもね」  エセルの提案にエルドレッドは僅かに思案する素振りを見せたが、すぐに「それで頼むよ」と頷いた。 「じゃあ早速仕事を頼みましょうかね!」  意地の悪い笑みを浮かべたエセルが、奥からグツグツと煮え立つ小さな鍋を持ってくる。鼻腔を擽るコンソメに似た香りにエルドレッドは思わず頬をひきつらせた。 「こちらは新メニュー『身震いするコンソメスープ』です。従業員らしく試食にご協力いただきましょうか」  差し出された鍋に盛り付けられたのは、一見すると彩り鮮やかな緑の野菜やオレンジ色の根菜が煮込まれた普通のコンソメスープに見える。しかしながら、よくよく目を凝らして見ると野菜には昆虫を思わせる足が生えているし、黄金のスープは液体ではなく楕円の寒天状。その上ぶよぶよと不規則に身体を動かしている。 「…………怒ってる?」 「怒ってないですよ」  エセルはにこにことした笑みを崩さない。 「それは怒ってる時の顔じゃないか!」 「私が? いったい何に怒るんですか? 貴方が2年もの間、私をほったらかしにしていた事ですか? 恋人じゃないんですから、そんな事で怒ったりはしませんよ」  絶対に怒ってる、とエルドレッドは歯噛みする。エセルは怒る時も笑顔を崩さないが、ひどく多弁になる。気にしてないという時は絶対に気にしているし、怒ってないと言う時は絶対に怒っているのをエルドレッドはよく知っていた。 「どうやらみたいなので? 忌憚(きたん)なき意見を元に改良しようかと。従業員の意見はちゃんと取り入れる……ひょっとして私、店長の鏡じゃないですか?」 「やっぱり怒ってる……」  エルドレッドはゲテモノ料理が苦手だ。それを知っているにも関わらず、無言の圧力でもって鍋を押し付けてくる。
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