2:ケルピーのミートパイ

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2:ケルピーのミートパイ

 ぽたっ……ぽたたっ……  滴が落ちる音がする。  ぴちゃ、と跳ねる音は粘着質な残響を鼓膜に残した。肺を満たさんとする血の匂いがやけに鮮明でむせてしまいそうになる。 (ここは、きのう、見たなァ)  見覚えのある場所に、少年――エディ・ハイドは、ひとり、頷く。同時に現実味のある目の前の光景が、夢であるのだと理解した。  茶色い煉瓦造りの小さな家。大きな暖炉と長いテーブルがあるダイニング。本来であれば家族で囲むのだろう食卓の場。  しかしながら、部屋には自身以外に人影はない。  照明は落とされ、テーブルの上に置かれた燭台の蝋燭だけが、とろとろとした光を放っている。  光が照らすのは小さな子どもの顔だ。テーブルに並べられた、赤黒い肉料理の一群の中央に目を閉じた赤子の頭が首魁のように鎮座している。あたかも上等なコース料理のように皿に盛りつけられたそれらは、確かな醜悪さをもって目を焼いた。 (この子どもはまだ一歳にもならない赤子だ) (捜索要請が来て、俺もついていったんだっけ) (ダイニングに入ったらこれがあった) (重なる悲鳴) (後ろでトバリ達がぶっ倒れて、ギルバートがなんか叫んでた) (俺は、俺はその時、何をしてたんだっけ……?)  チカチカと目の前にある情景と自分の記憶とか明滅して重なる。ぐるぐると回る視界と浮遊感に腹の奥が圧迫されているかのような、不快な錯覚を覚えてしまう。 (気持ち悪い)  不快感から胸をかきむしる。この不愉快な幻覚から一刻も早く逃れたかった。テーブルを叩き、肉片を床にばらまき、燭台を放り投げる。がちゃん、という音と共にあたりは真っ暗になった。  部屋には何故か窓がなかった。蝋燭の火が消えると、足元も見えないような暗闇が広がる。  だというのに何故だろうか。赤子の顔だけははっきりと見えた。発光しているわけではない、けれどこれが、赤子のそれだとわかる。 「ううんぁあァ……」  目の前で、赤子が、啼いた。  暗闇のなかでもよく見えた。戦慄く小さな唇。白くて丸い頭が、虚ろな眼孔でこちらを見ている。目玉はなかった。  おもむろにその頭を手にとった。ぬちゃ、不快な感触が手の平に広がる。 (こんな事はしてない)  あの時、自分は遺体に指一本触れてはいなかった。今だって、手放したいと思っている。だって、だって早く手放さないと。 (こんな事しちゃだめだ)  そう思っていても、両手はしっかりと赤子の頭を掴んで離さなかった。まるで、これがお前の望みだとでも言わんばかりに、目に見えない意志が赤子の頭を口元へ押し付けて来る。  ぐじゅり。  その額に鋭い歯を立てた。腐った果実のようにたやすく小さな額が割れる。そこからはひどい鉄の匂いがしたような気がした。  ぐじゅぐじゅと溢れる血を啜る。不味いとは感じなかった。口の中を舐める不快感が気持ちよくって怖気が立つ。 (苦しい、ああ、苦しい)  溺れてしまう、と思った。  歓喜の渦に、溺れてしまう―――。
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