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「起きろ! エディ・ハイド!!」
雷のような怒号でエディは目を覚ました。
言葉も忘れて、どきどきと鳴る胸を抑えながら声のした方を見やれば、気難しい顔をもっと険しくした赤毛のルームメイト―――ギルバート・スコールズがこちらを見ている。
傍らのカーテンはぴったりと閉まっていて部屋は薄暗い。夜更けに叩き起こされたのだろうとわかる。
「…………どぉしたの? 安眠妨害じゃんね?」
「どうしたもこうしたもあるか! 魘されていたから起こしてやったのだ!」
「エェ〜? 何ソレ、意味わかんね」
エディは努めて軽薄な声を出した。自分が見ていた夢を忘れたわけではなかったが、「怖い夢を見た」だなんて言い出しづらくて笑って誤魔化す。ぺったりと張り付いた前髪を掻き分けると、ボサボサの金髪は嫌な汗でじっとりと湿っていた。
その様子を見ていたギルバートは、小さくため息をついて「来い」と手招く。
「どうせ眠れんのだろう。なにか暖かい飲み物でも淹れてやろう」
彼らが暮らすのはアンドレア王国の中央にある国営の学校『リション=シャハル魔術師養成学校』、その敷地内にある黄昏寮だ。
4階建の四角いオレンジ屋根の塔は、寮と言うには手狭で、寮生の数も両手で足りてしまう。それはこの寮の生徒が他の寮から溢れたはぐれものであったからだ。最も、当の本人たちはそんな事など気にせず、自由気ままに暮らしているようだが。
1階に降りると先客がいた。
ソファで寄り添うようにしてカップを傾けているのは同学年のトバリ・アケノとラック・ウィンドミルだった。2人して一枚の毛布にくるまって、青い顔をしている。
「アケノとウィンドミルか。夜更かしは関心しないぞ。人間はすぐに体調を崩すからな、気を付けるべきだ」
溌剌と言うギルバートの耳は人間のそれとは違い、先が尖っていて長い。力強い意思をもった瞳は水晶のように輝いている。耳長はエルフや妖精、吸血鬼などに見られる特徴だ。少なくとも人間の耳ではない。
「…………眠れるわけないだろ」
青い顔のままラックが絞り出すように言う。普段は明朗快活な少年であるが、今夜ばかりは恐怖に沈んだ顔を隠すことが出来ないでいる。茶色の髪も新緑の瞳も翳って見えた。彼に寄り添うトバリも、黒檀のような瞳を不安げに揺らしている。
「それなに?」
エディはトバリに寄って行ってハイエナのごとく舌なめずりをした。狙いは彼らの手の中にあるマグカップだ。
「エディ、他人のものを盗るのは良くないぞ。ホットミルクなら僕が淹れてやるから」
「ココアがいい」
「はいはい」
「粉はちゃんと練ってよ」
「当然だ」
「牛乳で作ってね」
「わかったわかった」
甘えるように注文を重ねるエディの声に嫌な顔ひとつせず、ギルバートはキッチンの方に消えていく。世話焼きで凝り性な彼は、他人の我儘を安請け合いしがちだった。
「あいつはお前のママかよ」
「え〜? トバリに引っ付いて離れない人には言われたくな〜い。お兄ちゃんが恋しいんでちゅか〜?」
「ぶっとばす!」
顔を真っ赤にして憤慨するラックだったが、毛布から飛び出てくる様子はない。その横でトバリが困ったように笑っている。
「しょーじき、あんなん見て冷静でいれる奴の方がどうかしてると思うね」
「……僕も、まだ震えてます」
2人の声は平素を装ってはいるが微かに震えていた。普段は桃色をしているラックの頬が青白い。トバリは普段から顔色の分かりづらい男ではあったが、薄い唇が青黒くなっていれば、その気分の悪さは嫌が応にも察せられた。
(こいつらは平和な所から来たからなァ……仕方ないか)
目を伏せると脳裏に浮かび上がってくる夢の中の光景。
強い既視感を感じる。
これは、先日エディが彼らと共に実際に見た光景であった。
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