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「エディだって平気そうに見えるだけだ。先ほども魘されていたからな」
ミルクココアを冷まそうと息を吹きかけていると、こちらに水が向けられた。ふわりと肩に掛けられたのは薄手のブランケット。隣に座るギルバートは慈愛に満ちた表情をしている。
(もしかして、労られてる?)
予想値にしなかった状況に固まっていると、普段から揶揄い合う仲のラックなどは「へえ〜?」と途端にニヤニヤし出す。
「バイオレンス人格破綻者だと思ってたから意外だわ。ちゃんと人間っぽいところあるんだな」
「オレは生まれてこのかた人間だよォ。いつもちゃんとイイコにしてんでしょ?」
「イイコは初対面でナイフを投げつけて来ないし、普通の人間は首の骨が折れたら死ぬんだよ」
「マジ? 人間もろすぎ〜」
ケタケタと笑うエディは平素と変わらないように見える。ラックは疑わしげにギルバートを見やるが、エディと付き合いの長い彼が言うんだから、上手く隠しているだけなのだろうと結論付けた。
「でも何だかホッとしました。エディはああいうの得意だと思っていたので」
「ああいうの?」
「血とか臓物とか……死体、とか」
「あ〜」
エディの目が伏せられる。
「別に、それは平気」
―――むしろ、興奮する。
そう告げるのは憚られた。きっと知られれば心配をされる。怯えてしまうかもしれない。すぐ側にいる奴があんな光景に興味をそそられていたなんて、本当は、あの光景に興奮していただけだなんて。
エディ・ハイドは自他共に認める人格破綻者である。しかしその程度の認識には大きな齟齬があった。
彼らはエディの性格を「破綻している」と言う。それはエディが罰や痛みを恐れずに危険な行動を繰り返すからかもしれないし、入学から繰り返してきた暴力沙汰の事を言っているのかもしれない。それでも気安い友人がいるのは、彼らがエディの人でなしの度合いを正しく理解していないからである。
彼らも、まさかエディが人殺しすら喜んで許容できるとは思っていないのだろう。
エディは人の痛みを面白いと感じる。苦悶に歓喜を、絶望に愉悦を感じてしまう。それは自分ではどうしようもない事だった。物心つく頃には、気づいたらそうなっていたのだ。善良な両親のいる、暖かな家庭で生まれ育った子どもであったのに。
そして、その性が原因で捨てられた。
白い棺の中に、生きたまま閉じ込められ、海の神様の贄として沈められた。その後『雪闇の虚』の人魚に拾われて今に至るが、この時の経験がエディ・ハイドの人格を更に歪める一因になったのは言うまでもない。
エディは己を潜在悪だと知っている。
生まれた時から社会に迎合されない性質を持った異端児。種としての欠陥品。排斥されるべき悪性。それこそが自分であるのだと。
「何も怖がることはない。ボクたちがあの事件に関わることはないのだから」
慰めるようにふわふわとギルバートの白い指が頭を撫でる。その温かさが手放し難くて、エディはなんだか辛い気持ちになってしまうのだ。
(違うんだよギルバート)
(オレは死体なんかを恐がったりしない)
(人の死に、苦痛に魅力を感じる)
(痛みがわからない。痛みを厭う人の気持ちがわからない。オレにとって痛みを与えられることは幸福な事になってしまったから)
(その事を知られるのが、なんでこんなに恐ろしいんだろう)
頭から離れていった手を目で追う。骨ばった長い指。きれいに整えられた四角い爪がついた、真っ白な指。
(この指を食いちぎってみたい)
(……なんて言ったら、お前はどうするんだろう)
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