1:迷宮直送のスープ

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「そこだよ」  ぴ、とエルドレッドの人差し指が立てられた。 「僕がわざわざ来た理由さ。キミ自身は犯行に関わっていなくても、ここの客の中には関係者がいるかもしれない」 「なるほどなるほど。私の監視も含めて、といった理由で上役を説得したわけですか」 「そういうこと。だからキミの容疑が晴れるまでは張り込むから」 「私が承服するとお思いで?」  スゥ、と翡翠が剣呑に細められた。  エルドレッドはその視線にギクリと身体を強張らせる。彼にとって、エセルとこうして気安く話せること自体が想定外の事だった。門前払いをされる想定で、店の外で張り込む準備すらしていたくらいだ。 「貴方、ご自分の立場はわかっているでしょう?」  続いた言葉に詰めていた息を吐く。 「こんな排水溝に流れる泥舟に乗ったような店に居ていい人間じゃないんです。お客様が気後れしちゃうでしょうが」  呆れたように言う彼は、エルドレッドの立場にしか言及をしない。学生時代と何ら変わりない態度を貫く友人に困惑を深めるばかりだが、素知らぬ顔で軽口を叩く事にする。 「後ろ暗い客が減っていいんじゃないの」 「営業妨害だって言ってるんですよ」 「減った分の売り上げは補填するよ」 「そういう事じゃないんですよ」  眉間に皺を寄せた難しい表情のままため息をついた。 「私は何も、お金儲けのためにこの店をやってるわけじゃないですからね」 「それはまあ……」  店内を見渡して「見ればわかるけども」と口に含んだ言葉を零す。  この店は昼夜問わず薄暗い。この商売欲のなさの証明じみた陰鬱さは、開店当時からのものだ。 「まあ、エルドレッドが? 大親友のエセルちゃんの事が心配で仕方なくって? どーしてもと言うなら? 考えてやらなくもないですけど?」 「暴力が恋しいならそう言ってよ」 「やめてください」  半笑いで煽るように宣っていた料理人は、魔術師が拳を握ると即座に謝罪の体勢に入った。 「まあ冗談は置いておいて」 「僕は冗談のつもりないけど」 「やめくださいと言ったでしょーが! そういう最終的には暴力で解決するの本当に血筋を感じますよ! やーいお前ん()脳筋一族〜って、ぶへらっ!」  特に力の籠っていない一撃がエセルの頬を捉えた。たしかに実家は両親から兄と弟までゴリゴリの武闘派だが、他人に言われると腹が立つ。追撃の準備をするエルドレッドを見て「降参」とばかりに両手をあげる。 「2階の部屋を貸して差し上げますから、住み込みで働くのはどうですかってご提案ですよ」 「本気で言ってる?」 「私はいつだって本気ですよ」  エセルはふふ、と小さく笑う。 「私の疑いを晴らしてくれるんでしょう?」  薄い薔薇色の唇がにんまりと弧を描いた。柔和に細められた目は穏やかであるが、口元を彩る笑みはどこか悪魔的なものを感じる。 「それはまあ、そうだけれど」  握られた拳がゆっくりと降ろされる。彼の返事はなんとも歯切れが悪いものだった。  ―――実のところ、エルドレッドは彼の無実を完全に信じ切っているわけではないからだ。
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