アイドル人生

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アイドル人生

 買ったばかりの缶コーヒーを自販機の横で飲み干して、そのままゴミ箱に捨てる。今日三本目の缶コーヒー。飲んでもなんだか、頭がすっきりとしない。  今日はダンスのレッスンも歌のレッスンもない。休みじゃない。グループのほとんどの子は今日、クイズ番組の収録に出かけている。一軍二軍なんてものが存在する少し大きなアイドルグループの一軍に入ることができたと思っていたのに……。 「ねぇ、玲奈ちゃん。大丈夫?」 「ああ、詩織……三軍のみんなは今ダンスレッスン終わりだっけ?」 「うん、そうだよ。ねぇ、大丈夫?」  詩織は私と同じオーディションを受けて、このアイドルグループの三軍に入った。私達はすぐに打ち解けて、仲良くなった。今だって、このグループで私のことを素直に心配してくれるのは詩織ぐらいだ。 「今日って一軍の子たちはクイズ番組の収録だよね? 予定表にそう書かれていたのに、どうして玲奈ちゃんはここにいるの?」  聞きたいことを誤魔化さずに聞く彼女の性格が私は好きだ。一軍の仲間の子たちとは大違い。 「来るなって言われたのよ。ほら、知ってるでしょ? 最近、一軍のリーダーの姫子に目を付けられてるのよ」 「姫子ちゃん……不動のセンターだよね。今まで不動だったのは、気に入らない子を一軍から追い出して、自分の地位を守っているからっていうのは本当のことだったんだ……」 「そんなこと、周りで言ったらダメだからね。三軍にも二軍にも姫子に取り入って、一軍に入れてもらえるように媚びを売りまくって、仲間も売ろうとしている奴がいるかもしれないんだからね」  私の言葉に詩織は、口元に指先を当てて軽く隠しながら、控えめに笑った。 「こんな時なのに、自分の心配よりも私の心配をするなんて、玲奈ちゃんは本当に優しいよね」  照れくさくなって私は詩織に「何か飲む?」ともう一度自販機の前に立つ。詩織はレモンティーを選んだ。  十五歳の時に芸能界を目指してみたらどうだという父の応援と共にオーディションに履歴書を出した。母は「どうせ落ちるわよ」と言っていたが、その言葉とは正反対に、書類審査に通り、面接などを受けることになり、母の「そんなことより勉強をしたら?」という声も多くなっていた。その度に父が「なんてことを言うんだ」と怒り、最終審査に私が進んだと知る頃には母もなにも言わなくなっていた。  それでも、私と母の間に溝ができてしまい、私は上京してバイトをしながら、アイドル事務所でのレッスンを受け続けた。  貪欲に知識とコミュニケーションの仕方を学んで、ダンスと歌のレッスンも真面目に取り組んだ。できると思ったことはなんでもやったし、手を抜くこともなかった。  その結果、二軍になった。連絡をした時、アイドルになることを応援してくれた父は「テレビで全然お前のことを見ない」とため息を吐いていた。  バラエティに出ても大丈夫なように芸能界のことも調べた。最近の流行も、番組でどのような受け答えがよくされているのかも調べてノートも作った。  私がここまで頑張れたのはいつも詩織と一緒に頑張っていたからだ。詩織とは暮らしているアパートも近くて、クイズ番組や芸能界についての勉強や話題にできそうな資格をとるために一緒にバイトをして教材を買って、資格をとったりした。  そのおかげでやっと一軍になれた。  それなのに、クイズ番組は五人までしかチームで出られない形式の番組だったために七人でひとくくりにされている一軍からはリーダーの姫子とその取り巻きが優先的に出ることになり、目を付けられている私は姫子に「チームワークが足りないのよね」と言われ、今回は留守番をすることになった。 「なんていうか、ままならないなぁ……」 「一軍でのこと?」 「そうそう。せっかく詩織とここまで頑張ってきたのに、全然うまいこと行かないなと思ってさ」 「大丈夫だよ。私、玲奈ちゃんが頑張ってるの、一番近くで見ているから。玲奈ちゃんは絶対にすごいアイドルになれるって信じてるから!」  詩織が私の手を両手で包む。キラキラとした自信ありげなその瞳に何度励まされたことか。 「詩織……」 「ねぇ、今日一緒に帰ろうよ。最近、休みに散策していた時に不思議なお店を見つけたの」  どうせ、お留守番だからと言って、一軍の収録が終わって、帰ってくるまで待っていても、収録終わりの姫子と周りの取り巻きににたにたと笑われるに違いない。  それなら、私はできてしまった休みの時間を使って、詩織と気分転換しよう。姫子に嫌な思いをさせられるぐらいなら、その方が断然いい。 「いいよ。どんなお店なの?」 「えっとね……。場所は覚えてるんだけど、説明しづらいんだよね。レンガの家で、大通りから少し離れたこぢんまりとしたところで、喫茶店かなって感じ」 「喫茶店かな、ってなに? なんでそんな微妙そうなの?」 「だって、外にメニュー表もかけられていなかったし、窓からちらっと見たけど、カウンター席だけあったから、知られざる喫茶店だと思う」  そんな不思議な喫茶店があるとは知らなかった。  詩織が散策をしている時に見つけたのなら、私や詩織のアパートの近くか、事務所から帰る途中の道の周りにあったんだと思う。私はそんな風貌の店を見たことはないから、詩織の言うそのお店が気になった。
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