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1章 材料を買うお金もない!
どうしようどうしよう。
お金がない。お金がないの。お金お金お金運転資金がない!
焦りと不安で手が震えてくる。
小銭を保管していたカンをひっくり返して叩いても、引っかかっていた小銭が何枚か転がり出ただけ。他に探していないところは無いかな。でもへそくりがありそうな場所は全部探したと思う。頭の中が真っ青になる。やっぱりもうお金、全然ないのかな。
結局のところ、あんまり広くもない家とお店中をひっくり返して探しても、お金は出てこなかった。
どうしよう。
コンテストのエントリのお金はもう払ってるから大丈夫だけど、コンテストに使うお菓子の原材料費も、ていうか明日用の材料費すらももうない……。
どうしよう、どうしよう。コンテストに出れさえすれば一発逆転できるのに!
そんな風に結構絶望していると、お店の扉がガランと開けられ、誰かが飛び込んできた。お客さん?
「こんにちは! ここのお菓子がとっても美味しいって聞いたんですけど!」
「あの、それが……それがですね……」
「はい」
「もう作れないんです……」
「えっそんな! 何で」
「材料費がないんです……」
「何だってぇぇぇぇ!」
お客さんは絶叫を店中に響き渡らせて、床に崩れ落ちた。
あ、なんかこの人親近感ある。そう思って改めて眺めると、初めて見るお客だった。ぱっと見まだ十歳ちょっとで、真っ赤な目に帽子の上に長い2本の耳がピコンと立っている。兎人族なのかな。初めて見た。
「港町で聞いてから楽しみに、楽しみに……してきたのに……うぅわぁぁぁ」
……とうとう泣き出してしまった。えっと、困惑。
眼の前で号泣されるとなんだかかえって冷静になる。
冷静な頭で考えてみる。確かにお金はない。けれどもコンテストまでは2ヶ月ある。エントリ品を考案するのに多分2週間位はかかるけど、今から1ヶ月バイトして製造費を稼げば間に合わなくもない、のかな。ちょっと気を取り直す。
でもそれでも少なくとも3位以内に入賞しないと、結局このお店、サンティユモンは続けていけないけれど……。
でもそれは仕方がない。急にふっと力が抜けた。はぁ。もう本当に仕方がないんだ。涙が溢れそうだ。けれども目の前でこんなにあられもなく号泣されてしまうとかえって涙は引っ込んでしまった。凄く中途半端な気持ちに陥る。
……でもこのお客さん、本当に楽しみにして来てくれたんだな。その落胆ぶりから丸わかりだ。
そういえばサンプル用に1袋だけとっていたのを思い出した。今も床をだむだむと叩いているお客さんが気の毒、というかちょっと素で大丈夫か心配になってきた。どうせ1袋だけあっても仕方がない。こんなに欲しがってくれるなら差し上げよう。
ちょっと待ってくださいね、と言って戻ってきてもまだその兎人族は床に倒れてジタバタと嘆いていた。そろそろちょっとドンびく。
人は自分より取り乱した人を見ると落ち着くってのは本当なんだな……。
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