1章 材料を買うお金もない!

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「ええと、あのこれ。最後の1袋、なんだけどよかったら」 「えっ……、あの、いいの?」 「え、ええ。せっかくご来店頂いたのですし」  その兎人族のお客さんの目は泣きはらしたように真っ赤だった。いや、ルビーみたいに赤い。こんなに赤いならもともとの色なのだろう。けれども目の周りの白い肌も確かに赤くなっていた。  お客さんはありがとう、といって繊細そうな指で袋を受け取る。握りこぶしに収まるくらいの小ささの袋。これが本当に最後の1つ。  お客さんは恐る恐る開いて、その一粒を拾い上げて口に入れる。  しばらく不思議そうに口の中で転がした後に驚きに目が見開き、手がわなわなと震えて小さくカリッと音がして、目がパチパチと激しくまたたくとその両手はほっぺたを支えて目がヤバいくらいトロロっとしてふがふがと鼻息が荒くなり、ちょっとだけ口からよだれが垂れて、ぽりぽりと小さな音を立てながらまた床をゴロゴロ転がってしばらくしてムクリと起き上がった。  ……本当に大丈夫なのか? この人。  私、ヤバいもの入れたりしていないよな。 「あの、あのこれは何ていうお菓子なんですか⁉︎」 「えと、『星の煌めき』、です」 「星! 煌めき! 本当にお星さまみたいに美味しかった! こんなに美味しいものを食べたのは初めて……じゃないけど、とにかくすっごくすっごく美味しかった!」 「あ……ありがとう……」  初めてじゃないというところが妙にリアリティがあって、でもそれ以前に先程のどう考えても正気を失った様子からまあ、美味しいと思ってもらえたのは本当なんだろうなと思う。そのことは純粋に嬉しくて、でもこれで最後の1袋と思えばやっぱりふつふつと怒りと涙がこみ上げてくる。  でもこの人が最後のお客なのかもしれない、と思うとなんだか泣けてきた。色んな意味で。せめてもっとまともな人に、いや。 「あの、大丈夫、ですか? えっといや、そんなことより」  涙がにじむ私を『そんなことより』呼ばわりするのもどうかと思う。 「そんなことより、このお菓子、もう食べられないんですか⁉︎」 「え、あ、うん」 「どうして⁉︎」 「その、それは……」 「こんなに美味しいのにもう食べられないなんて意味がわからない‼︎」 「こっちだって好きで店を閉めたいわけじゃない!」 「えっ⁉︎」  黙って聞いているとその言い方は、なんだか一方的に責め立てられているようで、腹が立ってきた。
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