おもひで

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おもひで

今日、ソファを捨てた。 使い古したソファ。ツギハギだらけのカバーに、所々染み付いた黒いシミ。何度洗っても落ちないソレをなんとか落とそうと何度も擦ったせいですっかり色あせてしまった。当初フカフカだった座り心地は少しも残っておらず、勢いよく座ろうものなら体を痛める。 あのソファはこの家に住み着いた頃からずっと使い続けた物だ。勿論思い入れもあった。初めて自分で買った家具だった。一人暮らしを始めて大体は実家から持ち込んだものだったが、たまたますれ違った家具屋の店頭に置かれていたあのソファに特別目を引かれ衝動買いしたのを覚えている。 店頭に置いてあったのでそこそこの値段はしたが僕は満足していた。黒を基調とした部屋の中でレモン色のソファは少し浮いている気もしたけれど。 彼女は、ソファを気に入っていた。 新しいソファに座って笑う彼女はとても可愛らしかった。わざわざ布団を敷いたのにソファで寝落ちる彼女の頭を撫でるのが日課だった。 一度彼女がココアをこぼしてしまったと申し訳なさそうに謝ってきたことがあった。随分と大きなシミになっていた。それでも僕は笑って言った。大丈夫、このカバーは取り外しができるから洗えるんだよ、って。 結局そのココアの染みはいくら漂白剤を使っても残ってしまったけど、なんだか可笑しくて2人で笑った。 ずっと座っているうちにカバーがほつれてきて彼女が何度も何度も直してくれた。ソファと同じレモン色の糸が中々なくて、白色の糸で誤魔化したんだと彼女は言っていた。 いつからか彼女は疲れたような顔でソファに座るようになっていた。 もう大分買った当初のふわふわとした感触を失っていたソファは少し軋むような音がしていた。 そんなある日、突如別れを告げたのは彼女からだった。 貴方といるのは心地が良いけど、何かが違うのだと言われた。良い友人でいたいと、それ以上に見れなくなったと唐突に言われた。 「ふかふかのソファ、本当に好きだったわ」 別れ際に言われた言葉だ。 それ以降、彼女は家に来なくなった。 それでも、ソファは僕の手元にあった。元々僕のものだから当たり前だが、彼女がいなくなった後もそこにいるソファに一体なんの価値があるのだろうか。 その日から数年、明らかに寿命を超えたソレを僕はいつまでも未練がましく側に置き続けていた。
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