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聖女になった頃からだと思う。時どき『早く思い出さなきゃ』という焦燥に駆られることがある。国でただひとりの聖女就任から五年。いまだに『思い出すこと』が何か分からないし、最近はそれが頻繁に起きる。
「ベルティーナ、大丈夫か。表情が険しい」
掛けられた声にはっとする。
「大丈夫。ありがとう」
声の主、アルチバルド・ゴッタルディに笑みを向ける。
「カロージェロが、すまない。こんな日にまで婚約者のエスコートをしないなんて。再三注意しているのだが」
カロージェロは我が国の王太子で私の婚約者だ。婚約は政略的なもので、しかも父が国王に懇願されて仕方なく引き受けた。
だけどカロージェロは考えが浅いので、そのあたりをきちんと理解していないらしい。彼の要求を呑めない私を高慢すぎると疎い、挙げ句に恋人を作った。男爵令嬢のシャルロット・ラゴーナだ。
きっと今日も彼女をエスコートするのだろう。
私たち未成年貴族にとって最も重要な行事、王立学園卒業記念舞踏会だというのに。
心配そうに私を見ているアルチバルドはカロージェロの従兄だ。だけど私の婚約者とは違って、聡明で王族であることの重みもしっかりと理解している。
「いつもありがとう、アルチバルド。気にしていないから、あなたは戻って」
アルチバルドは曖昧にうなずくと私から離れていった。舞踏会を行うホールはすでに生徒でいっぱいだ。すぐに彼の姿が見えなくなる。
私はひとり、ホールの中央に向かう。
周りは誰もがペアを組んでいて、ひとりでいる私から視線を外している。
そもそも私がシャルロットをいじめているという噂が立っているせいで、みな私を敬遠しているのだ。巻き込まれるのが嫌だから。
ごく親しい友人数人がいつもはそばにいてくれのだけど、今日は私よりペアを優先してねとお願いしてある。だって大事な日なのだ。私に煩わせるのは申し訳ないもの。
理事長の挨拶が済んだら舞踏会が始まる。だけど最初の一曲は王太子のもの。他の生徒は踊れない。
本来ならカロージェロと共に踊るのは私だからフロアの中央に来たのだけど。彼は私と踊るかしら?
私の周りだけ結界が張られているかのように、誰もいない。友人たちが心配そうな顔をして寄ってこようとしたけど、首を横に振って制した。カロージェロとは一悶着あるかもしれないのだ。王太子の横暴に彼女たちを巻き込みたくない。
しばらくひとりで待っていると、急にホールからざわめきが消えた。代わりに重苦しい空気になる。
振り返るとシャルロットの腰を抱いたカルージェロがすぐそばまで来ていた。私をねめつけている。
これは私と踊るつもりはないな。
三メーターほど離れたところでカロージェロは足を止めると
「ベルティーナ! 貴様、シャルロットの今日のためのドレスを燃やしたそうだな! 卑劣にもほどがある!」と叫んだ。
……またか。
ため息がこぼれそうになるのを、必死にこらえる。どうしてカロージェロはこんなに頭が悪いのだろう。私はそんなことはしていない。シャルロットの嘘だ。なのにカロージェロは気づかないのだ。毎回毎回。
だいたい私は聖女で、いじめなんてやりたくても出来ない。もっとも私が聖女であることはトップシークレットでカロージェロも知らない。うっかり口を滑らせそうだからという理由で、伝えられていないのだ。王太子なのに!
視界の端にアルチバルドが入る。真っ赤な顔で手を握りしめていて、前に出るのを彼の友人が止めているようだ。
「もう我慢の限界だ! ベルティーナ、貴様との婚約は破棄する! 貴様はベルグアイ修道院に幽閉だ!」
カロージェロがそう叫んだとたん、体に電気が走った。私はこのセリフを知っている……。
そう気がついた瞬間、頭の中で膨大な情報が爆発した。
カロージェロが何か話しているけど、それどころじゃない。記憶が次々に蘇る。
オタクだった私。
好きなテレビアニメ『アルチバルドシュラハト』
内容は主人公アルチバルドの成長と戦い。
前半は学園もので、自身も参加する卒業パーティーで悪役令嬢の暗殺を防げなかったことにショックを受け、世界一の強者になることを誓う……。
――って、あれ。アルチバルド? 卒業パーティー?
確か悪役令嬢はベルティーナで。
暗殺は婚約者に断罪された少しあとに起きる。
血の気が引く。
私だ。暗殺されるのは、この私! しかも今、この時! 逃げなければ!
床を蹴り、走る。カロージェロの元まで行けばきっと助かる。
目を丸くしている婚約者。
その脇にヘッドスライディング。
その瞬間、背後でガシャーンと凄まじい音がし同時に床が揺れた。
逃れられた!
振り返ると直径2メーター、重量は何百キロもあるだろうシャンデリアが床の上で粉々になっていた。先ほどまで私がいた場所で。
「ベルディーナ!」
叫び声とともにアルチバルドが駆けて来て私を抱き起こす。
「大丈夫か! ケガは!」
「……ない、と思う」
どちらかと言えば、心臓が爆発しそう。もし記憶が蘇らなければ、あの下で潰されていたのだ。
思わずアルチバルドの腕にしがみつくと、
「や、やっぱりお前たちはデキているんだろ! しょっ中ふたり揃って学校を休んでいたよな!」とカロージェロが叫んだ。「私には手繋ぎしか許さなかったくせに、デートしまくっていたのだろう!」
まだ断罪を続けるつもり? この非常時に? シャルロットと一緒に腰を抜かして床にへたりこんでいるくせに、バカなの?
陛下に男児が彼しかいなかったから自動的に王太子になっただけの、頭の悪い見栄っ張り。現状を理解していないにもほどがある!
しかもカロージェロはバタバタと駆けつけた教師たちに
「点検をしていなかったのか、重大な事故だぞ!」
と怒鳴る。
アホか。アホなのか。
せめて自分を狙った暗殺かもと疑って、王太子なんだから!
駆けつけた中の数人がアルチバルドを囲む。双方とも低い声でやり取りをすると、彼らはまた散って行った。シャンデリアを落とした犯人を既に追っている者がいるらしい。その応援と、王宮への報告だ。
アルチバルドが私を抱えて立ち上がる。
「おい、ベルディーナ! 答えろ!」カロージェロが叫ぶ。「不義だぞ! 慰謝料を請求するからな!」
はあっとアルチバルドがため息をつく。
「カロージェロ。これは事故ではない。魔法を使った痕跡がある。分からないか?」
「へ?」
王太子はキョロキョロして教師陣がうなずいているのを見ると、シャンデリアの残骸に向かって痕跡を探す呪文を唱えた。すぐに
「本当だ」と呟く。そして「あ! まさか私の暗殺!」と叫ぶ。
遅すぎる。危機感なさすぎか。
「そうじゃない。狙われたのはベルティーナだ。だから今すぐ保護をする」
「は? 何で彼女が。いくらズユーデン王の血を引いていてもただの公爵令嬢ではないか」
そうなのだ。私の母は隣国ズユーデンの王の娘だ。父と恋に落ちて降嫁した。それが私がカロージェロの婚約者に選ばれた理由。
国王はズユーデンの姫を迎えたかったのだけど、年齢が釣り合う姫がいなかったために私にした。国交を深めるためにどうしても必要なのだそうだ。カロージェロは全然分かっていないけど。
アルチバルドが私を一瞥したあと、私を抱えたまま上着の胸元を開いて中に付けていた記章を見せた。王族しか存在を知らない、近衛騎士団聖女部隊のものだ。
目をぱちくりとしたカロージェロは間を置いたのち、
「はぁぁぁあっ!?」と叫んだ。
「カロ、どうしたの?」とシャルロット。
彼の驚きは当然のことだ。従兄が既に近衛に所属しているとは知らなかったはず。しかも軍の最高峰で超機密組織の、聖女部隊。そして聖女部隊が守るということで、アホなカロージェロでも私が聖女だと分かっただろう。
「ついでに言っておく」とアルチバルド。「ベルティーナはドレスを燃やしていない。その他のことも全て」
その言葉に目を限界まで見開いたカロージェロが、油の切れた機械のようなぎこちなさで恋人に顔を向けた。
「……シャルロット。嘘をついていたのか……」
「まあ、カロ! 私は真実しか言っていないわ!」
シャルロットは悲劇の主人公ばりに辛い表情をして目に涙を浮かべた。すごい演技力だ。
「シャルロットさま。私ベルティーナは、訳があって常に複数の兵の保護下にあります」
「……保護?」
「ええ。つまり私の行動は常に見られているのです。私が何をして、何をしていないかを」
シャルロットの顔が蒼白になった。
「トップシークレットだったため今までは言えませんでしたが、あなたが私にされたと主張していたいじめは全て嘘だと、彼らが知っています」
しかも彼らの報告によって国王陛下もご存知だ。
「カロージェロ」とアルチバルド。「陛下からも何度となく聞いているはずだが、私と彼女の休みが重なっていたのは、お前が考えたような下卑た理由ではない。今回こそ分かったよな?」
「……ああ。だがお前、いつからそんな」
「その話は後だ。私は彼女を守らなければならない。それと覚悟をしておけ。再三の注意にも関わらず、ジレッティ公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしたこと、陛下はお許しにならないぞ」
『いや』とか『だが』と言い訳をするカロージェロ。せっかくだから反撃をしておこう。
「殿下、婚約破棄は謹んでお受け致します。ですので今後私及びジレッティ家は、殿下と陛下との間に起きた問題について、いっさい仲裁には入りませんからご承知おき下さいませ。それでは」
抱きかかえられた状態だけど、できるだけ優雅に礼をする。
「ま、待て、待ってくれベルティーナ!」
カロージェロが叫んだけどアルチバルドは踵を返した。
「嘘だなんて知らなかったんだ! 待ってくれ、婚約破棄はしない! 撤回する!」
さすがに彼も分かるらしい。替えのきく王太子と、我が国唯一の聖女とでは、どちらが国に必要なのか、を。
「待つか?」とアルチバルドが囁く。
「いいえ、結構よ」
毅然と返答して。それから目を閉じてそっと彼の胸にもたれた。
暗殺を回避できたことや、思い出した前世の記憶、アホなカロージェロ、と頭の中は混乱している。
だけど、こんな機会はきっと二度とない。今は何も考えずにアルチバルドの腕の中にいたい。
私はずいぶん前から彼が好きだった。
◇◇
ホールを出た私はそのまま馬車に乗せられた。周囲には数人の護衛。数は少ないけど、それぞれが一騎当千だ。彼らがいつもは隠れて私を守っている。だから暗殺犯はシンプルな物理攻撃で私を殺そうとしたのだろう。下手に魔法を使うよりも護衛に気づかれないから。
それでアニメは成功した。
床で粉々になったシャンデリアを思い出して、体がぶるりと震える。
「怖いか?」向かいに座るアルチバルドが訊いてきた。
「怖いけど、大丈夫。みんなが守ってくれるから」
「……だがさっきは間に合わなかった。すまない」
アルチバルドの顔が翳る。
「そういうことも、あるわ。その代わりに私が殺気を感じて逃げられたのだと思う。気にしないで」
「……分かった」
かすかな笑みを浮かべるアルチバルド。私なんかのこの程度の言葉なんて、なんの慰めにもならないだろう。彼は責任感が強い。国王の甥で大公令息の彼が聖女部隊に入ったのも、王族としての責任感だもの。
四年ほど前のこと。聡い上に魔法や武術にも優れる彼は、従兄の婚約者が秘密裏に警護されていることに気がついて、私が聖女だと悟った。
同じ年の私が背負う重荷にアルチバルドは思うところがあったらしい。一年後には聖女部隊に入っていた。最年少の十五歳で。
聖女の責任は重い。都の郊外に死の荒地と呼ばれる場所がある。中央には大きな噴出孔があるのだけど、ここから噴き出しているのは生きとし生けるものを死に至らしめる瘴気だ。しかもこの瘴気に当たって死んだ生き物を放置すると生ける屍として甦り、人間や動物を襲うという。
伝承によれば、はるかな昔に魔物が跋扈していたときの名残らしい。
こんな瘴気が吹き出る場所は世界でここだけ。ただひとつ。つまりここさえ完璧に管理すれば、世の中に瘴気が蔓延することはない。
そしてその管理すべき者が女神によって選ばれた聖女というわけ。聖女は瘴気を魔法で浄化できる。基本は週に一度。瘴気の出方によって、早まることもある。
でも聖女は常に世にひとり。しかも十三歳から二十歳になる前日までの女子だ。二十歳になると聖女の力は消える。清らかでなくなっても消える。死んでも消える。だけど二十回目の誕生日を迎えるまで次の聖女は選ばれない。理由は不明。一説には初代聖女を踏襲しているとか。
一応、聖女でなくても浄化はできる。だけど高位魔術師が二十人、二十四時間儀式をして、三日しかもたない。しかもこれに携わると早世するらしい。
過去に何度か聖女不在の時期があったのだけどその時は、近隣諸国から魔術師を借りて代わりに膨大な領土を譲ったり、国力が衰えたところに戦争を仕掛けられたりした。
そして。私の暗殺理由も、まさにそれ。隣国バナックスが、我が国を侵略する手がかりとするために企んだ。アニメだとそれを知ったアルチバルドはヒロインと共にベルティーナの弔い合戦だと言って、バナックスとの戦いに身を投じる。
ちなみにヒロインは私の姉ジュリアーナだ。彼女も聖女部隊に所属している。シャンデリアが落とされてすぐ、犯人の追跡に行ったらしい。
……というか、アルチバルドに暗殺の黒幕はバナックスと伝えたほうがいいよね。
闇雲に追跡するよりは、情報が多いほうがいいだろう。だけど何で知っているのかと訊かれたら、どうする?
「あの、アルチバルド。今思い出したのだけど、今朝、変な夢を見たの」
「夢?」
「暗闇の中で誰かに『バナックスに気をつけて』と言われたの。ただそれだけなのだけど、もしかして」
アルチバルドがうなずく。
「報告をしておこう」
彼は懐から通信用魔道具を出して、聖女部隊の隊長に連絡を入れた。
これで良し。
「犯人は絶対に捕まえる」とアルチバルド。
「ありがとう。だけど無理はしないで」
「ベルティーナは優しい。どうしてカロージェロは君があの男爵令嬢をいじめるなんて信じるのだろう。愚かにもほどがある」
『あなたほど聡明ではないからよ』という言葉が口から出かかったけど、懸命に耐えた。本人のいないところで悪口を言うのは好きじゃない。
「きっと盲目的に信じてしまうほど、彼女を好きだったのね」
「そうか?」顔をしかめるアルチバルド。「あの男爵令嬢のしたことはかなり悪質だ。それにほとんどの生徒が令嬢の嘘だと気づいている。なのに王太子であるカロージェロが何の疑問も持たないなんて」
「ねえ、アルチバルド。この話はやめましょう。今は彼らのことは考えたくないの」
「……そうだな。無神経だった」
「いいのよ」
アニメでの私は、いわゆる悪役令嬢だ。カロージェロに好かれているシャルロットをいじめまくっている。
だけど暗殺された後、実は私が聖女であることや、いじめがシャーロットの自作自演だったことが明かされる。
ベルティーナは一瞬にして悪役令嬢から悲劇の令嬢にランクアップ。視聴者の同情を一気に集めたのだった。
でもこの暗殺事件があったからアルチバルドは国一の実力者になるのだ。
――あれ? ということは、私が生き延びてはダメなのでは?
ちらりとアルチバルドを見る。難しい顔をして馬車の外を警戒している。
どうしよう。私は彼の未来を変えてしまった。大丈夫だろうか。この先の戦いでアルチバルドの身が危険に晒されるなんてことは……。
そもそもアニメの結末を知らない。だってまだシーズン途中だったから。
「ベルティーナ、どうかしたか。顔色が悪い」
アルチバルドが床にひざまずいて私の顔をのぞきこむ。
「……私が聖女を終えるまで、あと一年以上もあるわ」
「案ずるな。君は私が守り抜く。二度と今日のような失敗はしない」彼は射抜くような目で私を見ている。「神に誓おう。私はこの命に代えてもベルティーナを絶対に守る。――聖女部隊隊員として」
「ダメよそれは。お願いだから命はかけないで」
「……それが私の役目だ」
首を横に振る。
「私が聖女の仕事をつつがなくできるようにするのも部隊の役目でしょう?
あなたが――あなたや部隊の誰かが、私のせいで亡くなったら、私は動揺して浄化ができなくなってしまうわ」
「……分かった」
アルチバルドは渋々といった顔で了承すると座席に戻った。
こんな約束は気休めにしかならないけど、しないよりはいいはず。彼は真面目だから私の望まないことはしないもの。
「ベルティーナ」
「なにかしら?」
「今回の件、さすがに陛下も婚約解消に動く、いや、動かざるを得ないだろう」
ズユーデンとの親交を深めるための婚約だったのにカロージェロのあの言動では逆効果だもの。
「ええ、良かったわ」
両親ともカロージェロに腹を立てていて、ずっと陛下に婚約解消を訴えていた。大喜びすること間違いなしだ。
「次の婚約者候補はいるのか?」
「さあ。父は考えているかもしれないけど」
十八歳で婚約をしていない貴族はあまりいない。次の相手を探すのは難しいだろう。家格か年齢が下の男性になるのではないかな。
「どのみち二十歳を過ぎないと結婚はできないのだから、急ぐことはないわよね」
「そうだな」
うなずいたアルチバルドは顔を窓に向けた。
……彼には婚約者はいない。大公令息なのだから引く手あまたのはずなのに。聖女部隊の仕事優先のためとアルチバルドは言っているけど、本当なのかは分からない。
アニメでも恋愛シーンはなかった。最終回でヒロインとくっつくのではとの噂はあったけど、未視聴だから実際どうなったのかは分からない。
でもきっと、そうなるのだろうな。姉とアルチバルドは仲がいいもの。
◇◇
王宮で厳重な保護下におかれた三日目。私の暗殺事件は一応の解決をした。当日中に捕まった犯人により黒幕はバナックス王と判明。そこで陛下が、我が国の魔術師が決死の覚悟で瓶に詰めた瘴気を送りつけた。『次は割れる魔法付きの瓶を送る』との手紙を添えて。
バナックス王は二度と聖女に手を出さないと約束をした。
信用できるものではないけど、一応は解決。アニメと違って開戦の予兆もないようだ。
これを受けて私は普段の生活に戻れることになった。と、同時にカロージェロとの婚約は解消された。
陛下は謝罪し私の両親は大喜び。カロージェロは王太子の位から下ろされ、バナックスとの国境にある砦に一兵卒として送られた。期限は未定だけど最短でも二年とのことだ。騒動の罰、兼、再教育だそう。
そしてシャルロット。彼女は、投獄、出家して修道院、国外追放のどの罰を選ぶかと問われて追放を選んだそうだ。そうして路銀も持たされず、着の身着のままで国境に放り出された。
陛下は、一番辛い罰になるだろう、と仰った。
◇◇
卒業式から一週間後。再び学校に来た。舞踏会のやり直しが開かれるのだ。馬車から降りるとそこにはアルチバルドが待っていた。今日のエスコートを買って出てくれたのだ。カロージェロのことに従兄として責任を感じているらしい。
差し出された腕に手をかける。こういうのは二年ぶりだ。カロージェロはシャルロットに夢中になって以降、私をエスコートしなかったから。
ただ、彼の気持ちもちょっとは分かる。清らかでいなければならない私は、手を繋ぐくらいしかできない。キスもダメ。それも頬や手の甲すらも、だ。両親でさえ私にしない。
私が聖女だと知らなかったカロージェロは不満だっただろう。そういうことに興味津々のお年頃だもの。私だって友人たちがそんな話で盛り上がっているときは淋しい。
でもきっとアルチバルドはそんな低俗なことは考えないのだろうな。高潔な騎士だから。アニメでも色恋は匂わせすらなかった。
私がこんなにドキドキしていると気づいたら、戸惑うかもしれない。絶対に隠し通さなくては。
「……ベルティーナ。ホールの前に中庭に行かないか。花々が咲いて美しいらしい」
「まあ。ぜひ」
アルチバルドには申し訳ないけど、気分だけデートを楽しめる。断る手はない。
中庭に行くと色とりどりの花が咲き乱れていた。例年なら長期休みに入っている時期だから、これほど楽園のようになっているとは知らなかった。
「きれい。舞踏会が延期になって良かったのかもしれないわ」
「……そうだな」
アルチバルドを見る。気のせいだろうか。
「今日のあなた、ちょっと固くない?」
彼の目が泳いだ。気のせいではなかったみたい。腕に掛けていた手を離す。
「無理をしなくていいわ。エスコートが苦手なのね」
アルチバルドは婚約者がいないだけでなく、女性との交流も少ない。舞踏会のときも大抵男友達と一緒にいて、女性をエスコートはしていないのだ。
「いや、そうじゃない」
よそを向いたままコホンと咳払いしたアルチバルドは突然、地面に片膝を付いた。
「どうしたの!?」
彼の射抜くような強い目が私を真っ直ぐに見上げている。
「ベルティーナ、愛している。私と結婚してほしい。必ず幸せにすると誓う」
心臓がうるさいほど鳴っている。
「聖女部隊に入ったのも君が好きだったからだ。他の誰かに任せるのではなく、ベルティーナを私が守りたかった」
「……王族の責任としてではなかったの?」
「私にはそう言うほかはなかった」
「アルチバルド……」嬉し涙がこぼれ落ちる。「私もずっとあなたを好きだったの」
「本当か!」
うなずいて答える。
「では結婚は!」
「お受けします」
アルチバルドが泣きそうな顔になる。それから私のスカートをつまみ、そこにキスをした。
そのまま動かない。
「アルチバルド?」
彼はゆっくりと顔を上げた。もう泣きそうではない。
「本当は君を抱きしめキスをしたい」
「え」
アルチバルドでもそんなことを考えるの!
「だけど君は聖女だ。ベルティーナが二十歳になるまで、完璧な騎士であることも誓うよ」
「ええ、ありがとう」
どうしよう、心臓が爆発しそうだ。アルチバルドにそんな風に思ってもらえるなんて。
「その代わりに君が聖女でなくなったら」
「……なくなったら?」
アルチバルドが見たことのない妖艶な笑みを浮かべた。
「数年分のキスをするから。覚えておいてくれ」
鼓動がうるさいし顔も暑い。公爵令嬢ならば恥ずかしがるのが正しい反応だろう。でも。
「とても楽しみ」
素直に気持ちを伝える。声が震えてちょっと決まらなかったけど、及第点。
アルチバルドが心から嬉しそうな笑顔になってくれたから。
◇おしまい◇
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