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第二章 後悔と関心
セボンが宿屋に入ると、カランカランとドアベルが鳴った。
奥から小太りの女将が出てきた。おばさんとおばあさんの間くらいの年齢に見えた。
「一人かい? 珍しいね。うちは一人部屋がないから四人部屋と同じ料金になるけどいいかい?」
「構わないです」
セボンは渋々了承した。先ほど訪れた宿屋でも同じようなことを言われたうえに、身体はもうベッドを欲していた。
物珍しそうに見つめてくる宿屋の女将の視線に、気づいていないふりをして案内された部屋に入った。
「ごゆりとどうぞ」
女将は早々に戻っていった。
やけに人の声がすると思いカーテンを開けると、すぐ外は大通りだった。ぞろぞろと歩く旅の途中の人たち。旅に出て気付いたが、なぜかこの世界は四人パーティーが多い。
手前を見るとベッドも四台。自分は一人きり。兜も盾も剣も、なにより心がボロボロだった。
そんなセボンだが、少し前までは共に旅をする三人の仲間がいた。大剣を使いこなすギルバート。氷の呪文を自在に唱えるホプキンス。紅一点の情報屋マチルダ。
彼ら三人に加えて、セボンの四人で旅をしていたが、彼らには弱点があった。
そう、彼らの中には回復呪文を使える人物がいなかったのだ。そして、おそらく情報屋はいらなかった。代わりに僧侶を入れるべきだった。だがそれを助言する人物もまたいなかった。
ギルバートは自信家で、回復など不要と言い放った。攻撃を食らう前に敵を倒すと常々言っていた。ホプキンスは無口なうえに人に関心がなかった。彼は自分の魔法を追求するばかりで、他の三人は宿屋代を浮かす手段と思っていたのではないか。セボンは何にでも興味を示して後先考えない。
そしてマチルダのことをセボンは好きだった。赤い髪に明るい性格。緑の大きな瞳に弾ける笑顔。情報なんて自分で集めれば良かった。だが彼女を好きだったから、別れを言い渡せなかった。本当は僧侶が必要なことくらい、わかっていたはずなのに。
本当に魔王を倒そうと思って旅をしている仲間なんて、自分も含めて一人もいないと気付いたのはマチルダが野生のドラゴンに襲われて殺されてからだ。マチルダが真っ赤な血を吐いて倒れたとき、誰も彼女に近寄らなかった。薬草が切れていたというのもある。だが誰もドラゴンに向かってもいかなかった。その大きさと獰猛さに誰もが脇目も振らず逃げ出した。
自分は勇者じゃなかった。てっきり勇者だと思っていた。自分の愛する仲間が殺されたのに何もできなかった。しようともしなかった。そんなやつは勇者じゃない。ただの旅人だ。とっくに皆気づいていたが、一応勇者の体をとっていてくれただけだ。
魔王を本気で倒そうなんて思っていなかった。口うるさい母と、口を開かない父から離れて自由になりたかっただけだ。それの口実に魔王を利用しただけなのだ。
マチルダの死後、ギルバートも街で喧嘩を売られた剣士に歯向かって殺された。四人いたパーティーは気付けば二人になっていた。
そして、とある宿屋に泊まった翌朝、ホプキンスはいなくなっていた。
セボンは気付けば一人になっていた。だが、今更帰る家などない。他にしたいこともない。意地だけで歩を進めた。
一人ではモンスターの出る山を越えて、このプランティールに着くのがやっとだった。もう武器も防具も使い物にならないくらい消耗している。
新しい装備一式をこの街で買わないといけない。だが、普通の武具ではもうまともに戦えない気がする。なにせ彼は一人なのだ。一人で敵と戦えるくらい、良い武具を手に入れないといけない。
そのとき壁に興味深い貼り紙が貼ってあることに気付いた。
『深夜二時から三時のみ営業してます
バーロム通り二丁目十三の六
道具屋ムーンライト』
とボロボロの字で書いてあった。真ん中には雲に挟まれた月の絵。
普段には気にも留めないような張り紙だが、セボンはなぜかその店が気になってしまった。彼は魔法が使えないので、回復用の薬草や聖水を買っておきたいというのもあった。
だが、何よりも気になったのは営業時間だ。
深夜に営業するだけでも珍しいのに、夜中の二時から三時の一時間しか営業していないというのは珍しすぎる。しかも人が一番ベッドで寝ているような時間の一時間。商売する気あるのか?
その疑問とともに、ある考えが思い浮かんだ。
もしかしたら、とんでもなく強力な道具を売っているのではないか。いや、道具屋の体裁をとっているだけで武具が置いていないとは限らない。あんなドラゴンや、この街にたどり着くまでに襲われたゴブリンたち等、一瞬で倒せる幻の剣が売っているかもしれない。
絶望の淵に立っていたセボンにとって、そのポスターの真ん中の月が本当に輝いているように見えた。
希望を抱いて、セボンは宿屋の女将のところに向かった。女将は肘をついて宿帳を見ていた。おそらく自分の食べる晩御飯のメニューでも考えているのだろう。
「女将さん、聞きたいことがあるんだけど」
「ん。どうしたんだい?」
さっきまでとは違うセボンの様子に女将は少し警戒した。
「俺の部屋に貼っている貼り紙の店のこと聞きたいんだけど」
「貼り紙?」
「深夜の二時から三時しか開いてない道具屋。月の絵が書いてあるボロボロの張り紙のことだよ」
「あぁ、あれかい」
女将はようやく思い浮かんだようだ。
「そこには珍しい道具でも売ってるのかい? だって営業時間が深夜の一時間なんておかしいだろ? もしくは闇市場のようなところなのか」
「うーん。それが私も知らないんだよ。あれ誰が貼ったのかもわからないんだ。この宿にはもう一人リーゼという女の従業員がいるんだけど、その娘も知らないって言ってたしねぇ。でも勝手に外すとなんかバチが当たりそうでね。貼り紙の裏に呪いの呪文のようなものが書いてたんだよ。だから捨てようとも思ったんだけど、やっぱり何か不吉なことがあってからにしようということにしようとなってね。そしたら、案の定、何も起こらないからさ。だから、それからずっと貼ったままになってるんだよ」
「そうなんですか。実際店に行ったお客さんの話とかは聞かないですか?」
「いないねぇ。そもそも、見たときは行こうと思っていても実際あんな時間に起きてまで行こうと思うのは少数じゃないのかい。でも、それにしてもその少数の話さえ聞かないけどね」
もしかしたら、あの店を訪れた人は皆帰らぬ人となっているのではないかという疑いがセボンの頭の中を巡った。
「あの貼り紙が貼られたころから、夜中に出ていってそのまま帰らなかった泊り客とかは今までいなかったですか?」
「さぁねぇ。うちは前払い制だからね。荷物さえ持って出て行ってたら、こっちも正直気付かないだろうしねぇ」
女将の返答は要を得なかった。
セボンは礼を言って部屋に戻る。もう少し酒場等に行って情報を集めたほうがいいだろうか。しかし、その道具屋で高額なレアアイテムが売っているかもしれないので、下手なところで金を使いたくない。
よし、早速今晩そのムーンライトという店に行ってみよう。迷っている時間が無駄だし、もう俺にはこれ以上失うものはない。
そう思って、彼はもう一度受付に戻り、女将にムーンライトの場所を詳しく聞いてから、ベッドに入った。
まだ夕方だが、今から寝る準備に入らないと深夜の二時前に起きれる気がしない。風呂も入らなかった。目を閉じると、今までの冒険のことが思い出された。
別れたホプキンスと死んでしまったマチルダとギルバートのことを思い出す。そこまで思い入れはなかったはずなのに、もう皆に会えないと思うと寂しさが押し寄せてくる。
それに飲み込まれるようにセボンは眠りに落ちていった。
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