1.募金箱

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1.募金箱

 黒野くんが最初にくれたものは、百円玉だった。  正確に言うと、僕にくれたのではない。僕の目の前にあった、募金箱に入れてくれたのだ。  それだけで僕は、どきんとした。なぜなら、ありえなかったからである。あの人気者の黒野くんが、僕に近づいてくる、なんていうことが。  コンパスにたとえると一番分かりやすいだろう。黒野くんが中心の針で、僕は反対側の鉛筆だ。黒野くんはいつもゆるぎなくそこに立っていて、僕のような人は、その周りをただぐるぐると回る。そして簡単に削られていく。  僕は黒野くんにはなれないし、黒野くんにたどりつくことすら叶わない。ただいつまでも、ぐるぐる回っているだけなのだ。  ゆるぎないコンパスの針。描く円の、いつも中心に立つ人。そもそもそういう存在だった。黒野くんは。僕にとって。  五月の朝だった。高校のエントランスは全面ガラス張りで、そこから運動場と青い空が透けて見えた。エントランスには容赦なく朝の光が差し込んで、まるで光の拷問を受けているみたいだった。  登校時間もほとんど終わる頃だったと思う。黒野くんが、最後の一人だっただろうか。
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