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チョークを取って、書いてみる。
黒野くん
カツカツ、かみしめるような音がした。
黒板に白いチョークで書いた文字は、ところどころかすんで、ぼやけて、まるで、心の中で呼んだ名前のようだった。
カツカツ、浮かび上がる文字は。
黒野くん すきです
「……水口!」
振り返ると、黒野くんだった。ドアのところに立っていた。
黒野くんは卒業式のコサージュをしただけなのに、まるでジャニーズのアイドルみたいだった。僕も、同じコサージュをしているはずなのだが。
「待っててくれたの」
「……うん」
本当はちょっと帰ろうとしたんだけど。それは、言わないでおこう。
僕はチョークを置いて、黒野くんのところに行った。だから僕が黒板に書いたことは、まだ消さずに残っていると思う。黒板のすみ。僕の思い出。
人気者の黒野くんは第二ボタンどころか、ネクタイも奪われていた。
「なんか、すごいね」
「うん。すごかった」
本木くんたちは部活の仲間と遊びに行くのだそうだ。だから、僕は黒野くんを一人占めして帰る。
風が吹いて、日差しが生ぬるくなっていた。僕たちの体と、ゆったりとすれ違って通り過ぎていく。
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