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黒野くんは、こういう時にいつも不安そうな顔をする。迷っている。困り果てている。まるではじめて子どもを産み落とした母親のように。
それは、僕だけが知っている表情なのかもしれない。なんて思うと、いとおしくなる、もっと。
「もう赤くなったりしないんだな」
と、黒野くんは言った。
「最初は、すぐ赤くなっていたのに」
耳をつまむ。
「……うん、多分もう大丈夫だよ」
「そっか」
「黒野くん。おれたち、ずっと一緒に暮らせるといいね」
何に酔っているのか、するすると言葉が出てきた。
当たり前か。ずっと夢に見てきた風景を、話すのだから。
徐々に部屋が暗くなる。
「ずっと?」
「うん。ずっと。これから、どこに行っても、どんな旅をしても、必ずここへ帰ってくるんだ、おれたち。そうなれたらいいな」
「……そうだね。うん。そうしよう。ていうか、とりあえず京都観光だな。お寺とか神社とか、いろいろ行きたい」
「うん」
「奈良の大仏も」
「行こうね」
「うん」
楽しみすぎて、感極まった僕たちは、ぎゅっと抱きしめ合った。日が暮れて、夜が深くなっていく。
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