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田中 真由子は今年で46になる。
結婚生活は至って普通。今では子供たちもだいぶ大きくなり、昔ほど手のかからない毎日を送っている。
あぁ、わたしって幸せなのかな……
真由子は、夫の口からあの言葉を聞くまではそう思っていた。
――そう。
あの言葉から全てが始まったのだった。
「会社を辞めたい?」
「うん。そうなんだ」
帰宅してご飯を食べ終わった束の間の休息。その時に夫はそう言った。
「だって、あなた……子供たちの学費もまだあるし、辞めるなんでそんなこと簡単にできないの分かってるでしょ?」
真由子はパートもしているけれど、それだけでは大学費まではまかなえない。夫はサラリーマンとしてきっちりと月給を稼いできてくれる。まだもう少し今の会社で働き続けて欲しいというのが本音だった。
「いや、真由子。俺は決めたんだよ。こんな毎日の繰り返し、耐えられないんだ!」
夫のキッパリとした言い返しに真由子は唖然とした。
「ね、なんで辞めたいの?」
まずは理由を聞こう。
真由子は冷静さを出来るだけ保ちながら言った。
ひょっとして春からの人事に嫌気がさした? それとも業績不振?
「……人がお金の為だけに犠牲になるのはどうかと思うんだ。本音を殺してさ。サラリーマンの生き方に疑問を持ったんだよ」
「そんな……」
真由子は絶句した。
まさか、
今から自分のやりたいことをしたい、とかそんな事言うのかしら? それとも起業したいんだ、とか? 頭の中が目まぐるしくグルグルまわり、めまいを感じる。
「あなた……じゃあ、辞めたら何するの?」
その言葉に夫はこう言ったのだ。
「俺、大根になる」
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