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「え?」
「俺は決めたんだ。人間のシステムの中で生きて死ぬのはゴメンだ。明日から大根になって人生を謳歌する」
真由子の動きは完全に止まった。
なにこの人……
仕事のストレス?
精神的にかなり追い詰められてるんじゃないのかしら?
「なに冗談言ってんのよ。しっかりしてよ! 今の会社がそう簡単にあなたを手放すとも思えないわっ! だって部下だっているんでしょ? 大切な取引先とかどうするのよっ!」
「真由子、俺は決めたんだよ。明日から大根になって会社に行く。それで社長と話をつけてくる。金のことは心配するな」
真由子はポカンと口を開けてそれ以上の言葉が出なかった。夫は立ち上がり、そのまま寝室へと向かったのだった。
大根……
大根ってどういう事なのよ。
なぜ大根なの……意味がわからない。
突如として真由子の頭の中で混乱が始まった。
しかし……
夫婦になって初めての大口論になるかと思ったけれど、あっさりと夫は引いてしまった。と言うよりもすでに決めた態度だった。
きっとなにかあったんだわ……
そうに違いない。
でも、自分ができるのは子供たちのためにいつもの毎日を繰り返すこと。そして、もしも更なる異変を感じたら……その時は病院へ連れていこう……
真由子は、そう決めた。
*
翌日――
朝早くからキッチンにて朝食を準備して、珈琲をいれる真由子がいた。
「おはよう。真由子」
「あ、おはよう」
夫の声で振り返ると、そこには普段の姿でない真っ白な大根が立っていた。
夫くらいの身長のスルンとした白いボディ。
よく見るとチョコチョコと手足が短く生えている。そして、口元には笑みを浮かべて……かすかな目らしきものが確認できる。
髪の毛は……パリッと葉っぱが生えている。
真由子は絶句した。
大根だ。
大根が挨拶をしている!
「真由子、昨夜言った通り俺は今日から大根だ。よろしくな」
「えええええええっ!!」
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