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葛木(前編)
「だったら……俺と付き合う?」
酔客で賑わう路上の端っこで聖がそう言ったのが、五秒前。
「え……?」
情けない間抜け面で、呆けた声を出してしまった。
慌ててヘラヘラ笑って「何言ってんだよ」と繕おうとしたが、聖の顔をまじまじと見た瞬間何も言えなくなった。
ガチガチに緊張しているのがありありと伝わってきて痛々しいほどだったからだ。
「冗談だよな?」
とりあえずこう言うしかないだろう。
『付き合う』って、どっか行くのに付き合うって意味じゃないよな。
「……冗談じゃないよ」
聖の頬はよく見ると赤くなっている。こいつはザルだから、酒のせいではない。
そもそも、なんでこうなった?
今日は彼女との一年記念日だった。
良いレストランを予約して、プレゼントも用意していたのに——彼女はそれが指輪でなかったことに不満だったらしい。なんとなく空気が悪くなって、些細なことから口論になって、彼女は「もういい」と机を叩いて出て行ってしまった。
苛立ちと悲しみで途方に暮れた俺が電話をかけたのは、学生時代の同級生である聖だった。
残業中だったらしい聖はすぐに仕事を切り上げて駆けつけてくれた。
たっぷり愚痴を聞いてもらって気分晴れやかになった俺は、店を出るなり言ったのだ。
「もう新しく彼女作る気力湧かねえよ。あーあ、聖と結婚してえなあ。楽だし、俺のこと知り尽くしてるし」
もちろん冗談だ。
俺の発言に対して、いつも通り「飲み過ぎだ」と返されると思っていたのだが——
付き合ってみる? とこいつは返してきたのだ。
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