夢の中で

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「おはよう、二人とも」 「おはよう、明日は父さんが当番だな」 両親はあくびしながら子供達に挨拶する。颯太はちょうど朝食の配膳を終えたところだった。 いただきますと言ってから青椒肉絲を頬張る。颯太が作ったご飯は彩りはいまひとつだが味は保証する。とは言っても幽子自身もあまり彩りは気にしないのだが。妙なところでこの兄妹は似ていた。 「幽子、もうすぐ修学旅行でしょう?今年はどこに行くの?」 (しまった) 幽子は失念していた。確か修学旅行は二週間後である。準備も何もパンフレットすら両親に見せていなかった。 「え、えっと、今年は島根県だってさ」 何故か焦って答えてしまう。これではまるでやましいことがあるみたいに思われる。幽子は親に話しかけられると大体緊張してしまうのだ。 兄より勉強面以外では劣り、そのことを両親は快く思っていないからである。今日のように兄を差し置いて先に幽子の話題になるのは珍しい。大抵親が幽子に話しかける時は兄と比べてどう劣っているかを伝える時だ。 もうそれは小さい時から慣れっこなので右耳から左耳へスルーするのがお決まりだ。別に聞いてて楽しい話題でもないし、それを聞いて逐一辟易するような時期はとっくに過ぎている。むしろあんまり期待しないで欲しいところだ。期待は重たい。期待を大きくかけるとそれが原因で亡くなる人もいるし。 幽子は期待されるとどんどん引っ込んでしまうタイプだ。期待してる、と言われる度にそれが幽子を縛っていく。ずっとその言葉ばかり気にしてしまうのだ。そしてポカが多くなる。そうなったら期待した私が馬鹿だったとか言われて呆れられる。 うん、あなたが馬鹿です、と言いたくなることも少なくない。勝手に期待して勝手に落ち込むとか一人芝居でもやってるのか?と疑いたくなる。第一物凄く自分勝手だ。そんな下らない理由で落ち込まれても、だから何?としか言えない。 「島根県ってことは主眼は出雲大社?あんたの学校って渋いわね」 「そうなの?あとは松江城とか、境港の水木しげるロードとかだったかも」 「鳥取県にも行くのか。父さんは行ったことないなー。父さんが子供の時は伊勢神宮とかが主な修学旅行先だったが、時代は変わるんだな」 ごちゃごちゃ考えているうちに両親がそれぞれ話しかけてきた。ここでしっかり会話しないとボーッとしてるだの何だの言われかねない。 (いかんいかん) 「伊勢神宮には逆に行ったことないね。天照大神が祀られてる神社ってことくらいしか知らないかも。颯太は今年の修学旅行はどこなの?」 兄が置いてけぼりになっていたのでさりげなく振ることにした。兄のお茶碗とお皿は既に空だ。噛んでいるのが謎なくらい早食いである。 「あー、実は今年はまだ決まってないらしい。候補は北海道か沖縄らしいけどそれすらあやふやって聞いた。ごちそうさま」 「え、もう食べたの?気をつけて行くのよ」 「颯太はまた小食になったのか?無理はするなよ」 「わかった」 兄は食器を流し台まで下げてすぐに部屋に戻ってしまった。両親も食事を終えて出勤の準備をしている。 幽子が食べるのが遅いから皆が速く見えてしまう。思わず焦って食べてしまい、少し咳き込む。それを水で流し込んでなんとか食事を終えた。 ふと、幽子は窓の外に目をやった。雨模様が憂鬱な空だ。これから段々と暑くなってゆくのだろうと暗澹たる気分になった。
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