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走り出す迅風
閑静な住宅街に人影が二つ。気の早い蝉の声を聞きながら歩く二人は、お世辞にも仲が良さそうに見えなかった。
「何で一緒に登校すんの?」
まさか二人で登校すると思わなかった幽子は武瑠に抗議した。日差しが強くて思わず顔をしかめる。半袖なので日光が直接肌に刺さった。
「は?一緒じゃないと護衛の意味がないだろうが」
「だとしても少し離れて歩くとか」
「それだと何かあった時にすぐお前を守れん。却下」
食い気味に否定され、幽子は二の句が継げなくなった。
「俺だって好きでこんなことしてる訳じゃない。言った筈だ。お前に拒否権は無いと」
幽子は眉を少し上げて武瑠を見る。不服なのはどうも同じようだ。
「私だって望んでた訳じゃない。そこは私達気が合いそうね」
普段の幽子からは考えられない程の不機嫌な声が出た。霊力を引っ込めてもらったのはありがたいが、だからといってすぐに心を許せるように幽子は人間ができていない。
「学校では俺に話しかけるなよ。面倒なことになりそうだ」
幽子は何を今更だという風に視線を寄越す。言われなくともそのつもりである。例えその気がなくとも、武瑠と頻繁に話をしていると、外野の邪推が二人に向かうことは想像に難くない。
社交的な武瑠は、既に何人かの女子から人気を集めているのを幽子は知っている。ましてや、幽子は決して用事がない限り、男子には話しかけないのだ。
彼と少しでも会話なんてしているところを見られたら、噂になるどころの騒ぎでないに違いない。話に尾ひれがつくどころか、胸びれや背びれや臀びれがくっついて、ひれだらけになってしまうだろう。
「当たり前じゃない。暇人が騒いでろくなことにならないわ」
武瑠はため息をつく。彼女の言い分には同意できるが、随分と棘のある言い方である。
「お前も大概言い方がきついな。そんなだから友達いねえんだよ」
「あら、天野君だって周りに人がいるだけで友達と呼べる人なんていないくせに」
思わず幽子を睨む。転校して一週間しか経っていないというのに、まさか当てられるとは思わなかった。幽子はそんな武瑠を見て肩をすくめる。
「カマかけただけなのに。図星なのね」
ちらりと幽子を見る。幽子からはからかいも呆れも読み取れないが、ほんの少し表情が和らぐのを見逃さなかった。
「友達が少ないとか、いないとかでもいいじゃない。むしろ取巻きを友達と勘違いするよりずっといいわ。媚を売らない人にまだ出会えていないだけ。そのうちに天野君を理解してくれる人が現れるよ」
武瑠は呆気にとられて目を見開く。学校でもどこでも、誰とでも仲良くすることが美徳かのように言われていたのでこんな意見を持つ人間には出会ったことがない。
「……そうかよ」
何と言って良いかが分からず、彼は幽子から目を反らして呟いた。
「やっぱり変わってんな、お前」
「褒め言葉をどうも」
それきり黙り込んだ二人を、初夏特有のやや湿気を含んだ風が撫でていった。
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