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私には、アツヤが鉛筆を踏む度に、あの日感じた希望や喜び、それに何よりあの瞬間の目映いばかりの思い出がーー彼女の笑顔が、奴の汚らわしい足で踏みにじられ、汚されていく様に思えたのだ。
(許せない……いや、許しちゃいけない……)
冷たい、氷の様な怒りに頭のてっぺんから爪先まで支配された私。
私は、怒りに突き動かされる様に、教材用のカードを切る為に持ってきていた鋏を手に取った。
そうして、それを誰にもバレない様にそっと服の袖の内側に隠すと、私はカードを落としたふりをしてしゃがみこんだ。
「あれ?おかしいな、見つからないや」
そのまま、カードが見つからないふりをして私はテーブルの下へと潜り込んでいく。
「あ、奥に落ちちゃってるみたいだ」
そして、バレない様声を出しながら、時間を稼ぐと、私はーー切った。
アツヤのスリッパを。
靴下を。
そうして、止めてくれなかった先生のスリッパを。
中に下がってきていたテーブルクロスを。
無論、ただの鋏では限界がある。
が、それでも切れる部分は切り裂いた。
幸いなのは、アツヤが足癖が悪く、室内ではよく靴下を脱ぎ、スリッパも脱いでいる人間だったことだ。
そのお陰で、私は固い部分以外の、飾りや中敷き部分等を、自由に切ったり刺したりすることが出来た。
手の中でどれだけスリッパが壊れ、綿を溢れさせても、私は欠片も罪悪感を抱かなかったのを、よく覚えている。
思えば、この頃の私は、きっと心が壊れてしまっていたのだろう。
(これを見たら、アツヤも驚くだろう。腰を抜かすかもしれないな。そうなれば、いい気味だ)
そう考えながら、薄笑いすら浮かべる私。
だが、アツヤより早く異変に気付いたのは光子先生だった。
長くテーブルの下から戻らない私を、彼女は不審に思ったのだ。
「スグル?カードは、まだ見つからな、い……っ?!」
テーブルの下を覗き込んだ彼女が、綿を溢れさせ、ただのゴミとなったアツヤのスリッパを見た瞬間、小さく息を飲んだのを、私はよく覚えている。
あの時の彼女の目には、きっと、私はかの有名な、頭に「666」のアザを持つ悪魔の子の様に見えたことだろう。
その日のクラス後、迎えに来たアツヤの母親に事情を話す光子先生。
(この人は……一体、どんな言葉で私を罵倒して、どんな力で私を殴るのだろう)
痛くないと良いな。
出来るなら、痣は残らない様にして欲しい。
舞ちゃんや両親が心配してしまうから。
冷めきった、諦めきった気持ちで、アツヤの母親と話す光子先生を見つめる私。
だが、当の光子先生の口から出たのは、私の想像を遥かに超えるーー全く思ってもみない言葉だった。
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