忘れじの遠い眼差し

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「確かに、スグルは許されない悪いことをしたと思います。ですが、これは、アツヤが招いたことでもあるんですよ?私は、アツヤも悪いと思います」 ……え?今、何て? この人は今何と言った? あの、誰もが下にも置かない扱いをしているアツヤを、『悪い』と言ったのか? 信じられない気持ちで、光子先生を見上げる私。 彼女は、私に優しく微笑みかけると、アツヤの母親に毅然と言い放った。 「私のクラスでは、『皆で楽しく』をモットーにしています。それが出来ないなら、うちに入会させることは出来ません。……いえ、誰かをいじめて笑っている様な子は、うちのクラスには必要ありません。すみませんが、どうか、他の英会話教室を探してください」 彼女の言葉に、口汚い捨て台詞を吐いて英会話教室を後にするアツヤと彼の母親。 彼らが去った後も、私は暫くぽかんとしていたのを覚えている。 だって、思ってもみなかったから。 この町に、舞ちゃんと両親以外の味方が存在しているなんて。 と、いきなり何やらとても温かいものに包まれる私の両頬。 気付くと、私と同じ目線の高さに、光子先生の顔があった。 優しく私の両頬に触れながら……穏やかな、けれど、今にも溢れだしそうな涙を湛えた瞳で、じっと私を見つめる光子先生。 彼女は、私に泣き出しそうな表情のまま笑顔を向けると、静かに語りかけた。 「私のクラスに来た時から……君が、気になってたの。なんて……冷めた顔をする子なんだろう、と」 先生の言葉に、私は先生の瞳を見ていられなくなり、思わず目を逸らす。 けれど、先生は、それでも言葉を続けて来た。 ゆっくり、優しく。 まるで、私の心に直接届けようとしているかの様に。 「でも、さっきのことで、わかりました。君は、ずっと、たった1人で戦っていたのね」 ーー『戦っていた』? 違う。……私は諦めていただけだ。 逆らったって、ろくなことにならないのは、よく知っている。 ……いや、違う。 少なくとも、さっきは……あの時だけは、違った筈だ。 私は、戦おうとしていた。 抗おうとしていたじゃないか。 自分の中に、まだ、消えたと思っていた抵抗のーー『意志の炎』が残されていたことに気付き、我ながら驚く私。 光子先生は、そんな私を……不意に、ぎゅっと抱き締めた。 (……駄目だよ、先生。僕は汚物なんだから。この世界に、いちゃいけない存在なんだから) ーーああ、僕に触ったら先生まで汚くなってしまう。 先生の為には、先生を突き放すべきなのに。 あの時の私には、どうしても、それが出来なかった。 代わりに、不意に視界が大きくぼやけ、景色が、周りの色が、揺れて……滲み始める。 自分が涙を流していると理解したのは、先生に優しく涙を拭われた時だった。
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