忘れじの遠い眼差し

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その後、舞ちゃんの帰宅に合わせ迎えに来た母と共に、先生に頭を下げる私。 「先生のスリッパを駄目にしちゃって、本当にごめんなさい」 でも、そんな私に、先生は再度屈んで目線を合わせると、「大丈夫だから」と笑いかけた。 「スリッパのことよりも、先生は、今日……ちゃんと、君のことを知ることが出来て、良かったわ」 満開の向日葵の様に笑う光子先生。 その笑顔に、私は……先ほど冷えきった心が、また、温度を取り戻していくのを感じていた。 (……そうだ。サマーパーティーの時、光子先生にはスリッパをプレゼントしよう) 母と舞ちゃんに手を引かれて歩く帰り道、ぼんやりとそんなことを考える私。 幸せな温もりで久しぶりに心が満たされ、普段と同じ筈の帰り道が輝いてすら見えたのを、とてもよく覚えている。 その次の英会話教室の授業の日。 私は、非常に緊張して、光子先生の家のドアの前に立っていた。 あの日は、光子先生に心の内を理解して貰えた嬉しさで頭がいっぱいになり考えていなかったが……果たして、あの時あの場所にいた他のクラスの仲間達は、私のことをどう思っただろう。 いきなり他人と先生のスリッパを切り刻んだ頭のおかしい奴? それとも、分かりやすくいじめを受けている、あまり関わらない方が良い奴? (どっちにしたって……この扉の向こうには、もう、光子先生以外待ってないだろう) でも、仕方がない。 それが、自分でしてしまったことへの罰なのだから。 (……皆で話すの、楽しかったな) 皆の笑顔と帰らない日々を思う私。 チクリと胸が痛んだのは、きっと……あの日々が余りに幸せだったから。 だから、つい、ずっと続くものだと勘違いしてしまっていたのだ。 私には、『平和』も『平穏』もありはしないのに。 すると、扉の前で立ち止まっていた私の肩を、誰かが軽く叩く。 「ちょっと、何してるの?まさか、鍵でもかかってる?」 その声に振り向いた私が見たのはーー 「メグ!」 クラスの仲間の1人、メグの姿だった。 よく見ると、メグの後ろにミクもいるではないか。 「どうしたの??大丈夫?」 心配そうに小さく首を傾げるミク。 (大丈夫?それは、僕の台詞だ) 「何で、メグとミクは、来てるの……?」 予想すらしていなかった2人の登場に、混乱した頭のまま、思わず、途切れ途切れにそう尋ねる私。 と、メグは私のその言葉で何かを察したのか、顔いっぱいにニッと笑顔を広げながら、はっきりと告げた。 「何でも何も、授業があるからに決まってんじゃん?」 メグの言葉に、ミクもこくこくと頷いてみせる。 「メグ、ミク……」 『この前のことなんて気にしていない』ーーそう言わんばかりのメグの台詞に、私は目頭と胸が熱くなるのを感じていた。 そして、2人に引っ張られるままに、中に入る私。 そこで待っていたのは、 「おう、おっせーぞ!」 「何かあったのかと思って心配したよ」 以前と全く変わらぬ様子で私達に手を振るツヨシとマサシだった。 (何だよ……何で、皆いるんだよ……) こんなことをされたら、また、期待してしまうではないか。 諦められなくなるじゃないか。 堪えていた涙が次から次に溢れると、私の頬を伝っていく。 突然泣き出した私に、ぎょっとする4人。 ミクは私が何処か痛いのかと心配し、慌てて光子先生を呼びに行く。 メグは私の背中をそっと擦り、マサシはただ黙って静かにハンカチを差し出してくれた。 ツヨシは……私を泣き止ませようとしたのだろうが、よくわからないゴリラの物真似をし始める。 ゴリラの真似をして腕を激しく動かすツヨシ。 その腕がテーブルの上の花瓶に激しくぶつかると、思い切り花瓶を床に叩き落とす。 「あっ?!」 思わず重なる私達の声。 その瞬間、丁度光子先生が部屋に入って来る。 全く、なんてピタ○ラスイッチ。 光子先生に、こっぴどく叱られるツヨシ。 ツヨシは、『嘘だろ、誰か助けてくれよ』とでも言いたげな眼差しで私達を見つめてくる。 そんなツヨシの姿を見て、不意にメグが吹き出した。 堪えきれなくなったのか、マサシも声を立てて笑う。 そんな2人につられる様に、いつの間にか笑顔になっていた私。 この瞬間からーーここは、私にとって唯一の、この町で生きていて良い『居場所』になったのだ。 それは、私が転校するまで変わらず……彼らとの友情自体は、転校して、大人になった今でも、続いている。
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