忘れじの遠い眼差し

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英会話教室にも慣れて来た小学3年生の秋。 私の母が正式に仕事に復帰した。 どうやら、私が順調に水泳教室・英会話教室と習い事を続けているのを見て、これなら大丈夫かも、と安心したらしい。 それに、これは後から聞いた話だが、早く仕事に戻って引っ越しの為のーー私の転校の為の資金を貯めたかったのもあったそうだ。 そう。 例え英会話教室に居場所を見出だしたとしても、学校や町での日常は、これまでと何ら変わることはない。 メグ達だってこの町にはいないし、授業以外の時間に光子先生の家に駆け込むのなんてもっての他だ。 即ち、この町での私の救いは、依然、舞ちゃんと両親だけだったのである。 ……本当は、光子先生なら、駆け込めばきっと助けてくれたろう。 だが、もし駆け込んでーー迷惑をかけて嫌われてしまったら? 大切に思うが故の恐怖が、私の足をそこへは向かわせなかった。 だからこそ、なのだろうが…… 「お前、プリン好きだろ?食わせてやるよ、ほら」 給食の時間に顔面にプリンをぶつけられたり、 「あ、ごめ~ん。ぶつかっちゃったぁ!」 体育の時間に、縄跳びで鞭の様に打たれたり、 「じゃぁ、今からドッジボールは特別ルールになりまーす!」 休み時間のドッジボール(強制参加だった)で、顔面を狙ったボールが10個以上一気に飛んできたりする、等の私を取り巻く地獄の環境は、一向に変わることはなく。 寧ろ、私やクラスメート達の年齢が上がるにつれ、嫌がらせの内容は過激さを増していっていた様に思う。 そんなある日、私は突然、母からあることを提案された。 「優?お父さんとお母さんね、土曜日のお昼まで働かなきゃいけなくなったの。だからね?あなたさえ良かったら、これから週末は、谷中のおじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まってくれないかしら?」 「うん、いいよ。わかった」 考えることなく、即答する私。 母はやや面食らった様だが、私には迷う理由はなかった。 何故なら、私は祖父と祖母が大好きな生粋のおじいちゃんっ子であり、おばあちゃんっ子だったからだ。 だから、迷う余地なんてなかったのである。 ただ、土日に舞ちゃんと遊べなくなるのは、寂しかったが。 (お母さんのお仕事の為だもん。仕方ないよね) 全ては母が恙無く仕事に復帰する為だ、と、私は自分に言い聞かせていた。 その週の終末ーー早速谷中にある祖父母の家に向かう為、自宅の最寄りの駅に向かう私と母。 そこで待っていたのはーー 「優君!!」 大きなリュックサックを背負った舞ちゃんだった。 「舞ちゃん、何で……?」 全く予想だにしなかった舞ちゃんの登場に驚き、そう尋ねるのがやっとの私。 すると、舞ちゃんの代わりに、私の母が口を開いた。 「舞ちゃんのお母さんも、土日に働くことが決まったのよ。でも、子供1人で残しておくのは危ないでしょう?だから、おじいちゃんとおばあちゃんに聞いてみたの。そうしたら、2人とも大丈夫って言ってくれてね」 ーーだから、これからは、週末は2人で一緒におじいちゃんとおばあちゃんの所で過ごすのよ。 母の言葉に嬉しくなった私は、思わず舞ちゃんの方を振り返る。 と、咲き始めた秋桜の様に可憐に微笑む舞ちゃんと目が合った。 その笑顔に嬉しくなってーー私も彼女に微笑み返したのを覚えている。
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