忘れじの遠い眼差し

14/17
前へ
/228ページ
次へ
祖父母の家に通う様になってから、私の心境には少しずつだが変化が現れていた。 それはーー 「おい、こっち向けよ!猿ガキ!」 通学路で知らない中学生に絡まれ、突き飛ばされ、顔から転ばされても 「今日のボール投げは、優君を的にしたらいいと思いまーす!」 体育のボール投げで先生黙認の下、全員からボールをぶつけられても 「てめぇ生意気なんだよ、無視してんじゃねぇよ」 帰り道で面識のない女子高生達に捕まり、リンチにあっても (どんなに辛くても週末には、この地獄から解放されるーー週末になれば、舞ちゃんと一緒に、じいちゃんとばあちゃんが待つあの家に帰れるんだ) その強い気持ちだけが、いつしか私の心の支えとなっていたのである。 息を抜ける……安心出来る場所を得られたことで、心に余裕が生まれ、そう思える様になっていたのだろう。 無論、嫌がらせが辛くない訳ではない。 だが、それでもーー逃げられる場所を得られたことで、心境的には以前程追い詰められた様な感覚を感じなくなっていたのだ。 そんな年の暮れ。 私の両親にとある不幸が襲いかかる。 まぁ、簡単に言うと交通事故と、持病の悪化なのだが。 それが原因で揃って入院してしまう両親。 頼みの綱の祖父母は海外旅行中だし、晴子姉さんは試合で遠くに遠征中だ。 結果、私はクリスマスからお正月までを全て1人きりで過ごすことになった。 そんな私を憐れに思ったのだろうか。 松の内が明けてから、祖父母の家を訪れた私に開口一番で祖父が告げた言葉が、 「今から七福神巡りに行こう!」 これだった。 脈絡もなくぶっ込まれた為、暫し脳の処理が追い付かず固まる私と舞ちゃん。 けれど、そんな私達の様子等お構い無しに、祖父はどんどん話を進めていく。 「そうだ!どうせなら、着物を着てみないかい?舞ちゃん。丁度な?知り合いの女将のとこが、子供の芸者体験ってのをやり始めたらしいんだよ。だから、体験させて貰えねぇかちょっくら頼み込んでくらぁ。なぁ?お前さんも舞ちゃんの着物姿が見たいだろ?優坊」 (舞ちゃんの着物姿……) 華やかな着物に身を包む舞ちゃんを想像し、無言で何度も頷く私。 そんな私の反応に、祖父は「じゃぁ、決まりだな!」と明るく声を上げる。 ふと隣を見ると、舞ちゃんがほんの少しだけ心配そうな顔をしていた。 「着物なんて、余り着たことないし……私、似合うかな?優君」 いつも明るく自信に満ちた彼女には珍しい台詞に、最大限の笑顔をもって答える私。 「大丈夫。きっと、舞ちゃんなら絶対似合うよ。だって、舞ちゃんは、誰より綺麗なお姫様なんだから」 そう告げた瞬間ーー彼女は、どんな花より美しく微笑んだ。
/228ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1819人が本棚に入れています
本棚に追加