離した手

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「止めるんだ、舞ちゃん!!」 慌てて跳ね起き、ハッとする私。 枕元の時計を見てみると――時刻は深夜の3時55分。 (どうやら、夢を見ていたらしい……) 昔の、悪い夢を。 こんな夢を見たのはきっと、彼女――『岡部(おかべ) (まい)』の訃報を、前日に聞いたせいだろう。 (……君は、怒ってるのかな。忘れるな、って言いたいのか……?) 忘れろと言われたって、忘れられる筈ないじゃないか。 (……あの薄暗い、墓標の様に団地ばかりが立ち並ぶ町で……君は、たった1人の理解者であり、幼馴染みだったのだから) でも……それでも、君が不安だと言うのなら……私は、もういなくなってしまった君に何をしてあげられるだろう。 そこまで考えて、私はふとスマホに目をやった。 (ああ……そう言えば、君は本を読むのが好きだったな……) なら、紙の本は書けないけれど――このスマホで、君との日々を記録しておくのも悪くはない。 (スマホだったら、私が死んでも、書いた記録は残るしね……) よし、そうしよう。 私は、適当に良さげな無料小説投稿サイトに登録をすると、早速、書き始める。 タイトルは、『いつか、『君』を忘れない日の為に』。 (いつか、と、忘れない日の為に、なんて随分矛盾してるよな) まるで、いつか、私が君を忘れてしまう日が来るみたいだ。 そんな日は、絶対に来ない――いや、来てはいけないのに。 そう……彼女を忘れないこと。 それが、私への罰であり、償いなのだ。 「だから……私が、君を忘れるなんて、絶対に有り得ないんだよ、舞ちゃん……」 私は自分に――そしてあの世にいる彼女に言い聞かせる様にそう告げると、煙草をくわえ、火をつけた。 胸に溜まる重い気持ちと一緒に紫煙を吐き出すと、私は過去に思いを巡らせる。 大切な彼女と出逢い、別れた、遥か遠い昔の日々に。 ――そう、これは、本当に大切な物が分からず、手放してしまった、愚かな男の物語であり、備忘録だ。 忘れてはいけない『痛み』を、決して忘れない為の。 そうして、もう1度――前を向いて歩き出す為の、気持ちの整理の為でもある。 過去は……振り返る度、気持ちを、心を、ずっと昔に押し留めようとする。 でも、未来は、心が追い付くのなんて待ってはくれないのだ。 だから、『書く』のである。 自分の心を、気持ちを――自分の中の時計の針を、1秒でも前に進ませる為に。 そして、もし、これが誰かの目に触れることがあるのなら…… 知って欲しい。 心にどんなに傷を負っても、人は生きることが出来ると。 傷の痛みに、背負った重さに、負けそうになる日の方が多いけれど。 それでも、『命』さえあれば。 生きることを諦めなければ、光射す未来に出逢えることがある、と。 そう、知って欲しいから。 綺麗事ではなく、私がそうだった。 だから、私は、敢えて書き……残していくことにする。 自分の、これまでの半生を。 そうして、もし、同じ様な経験に傷付き、悩んでいる人達がいるのなら、気付いて欲しい。 先ず、あなた達は『今を生きている』……それだけで、充分に頑張っているのだ、と。 これからも頑張るのは、大変かもしれないけれど、こんな私ですら、救われたのだ。 だからきっと……いや、絶対に、あなた達にも救いの手はある、と。 信じて欲しい。 だから、私の『闇』を敢えて書き残す。 誰かの『光』になれると信じて。 誰かが、私の闇を糧にして生き抜いてくれることを、心から願って。
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