忘れじの遠い眼差し

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その日、何時も遅刻しがちな私は、珍しく早く待ち合わせ場所に到着していた。 ※当時、私と舞ちゃんは両方の親が送り迎えが出来ない時は待ち合わせて一緒に通園していた。 と言うのも、園自体が非常に近く、私達が住む団地とは目と鼻の距離にあったのである。 早く来ている私に驚きながらも、手を振り、駆け寄る舞ちゃん。 「優君、おはよう!」 「舞ちゃん、おはよう!」 私も手を振り、それに応える。 しかし、手を振りながら駆けてきた舞ちゃんの姿が一瞬見えなくなる。 (あれっ?) 突然のことにきょとんとする私。 と、私の耳に舞ちゃんの悲鳴じみた声が響いてきた。 「優君!助けて!」 姿は見えないが声はする。 私は取り敢えず、声のした方に走った。 と、そこにはーー 「優君!!」 知らない若い男性に担がれた舞ちゃんの姿があった。 恐らく先ほど、挨拶をし合う私と彼女の間を通り過ぎるふりをして、その一瞬で彼女を浚ったのだろう。 幾ら幼稚園生とは言え、幼馴染みが変な男に浚われそうになっているの位は分かる。 私は駆け出すと、そのまま男の足に飛び付いた。 「舞ちゃんを離せ!!」 男は私が追いかけて来たのが予想外だったのか、舞ちゃんを抱えていない方の手で私を振り払おうとする。 「うるせぇ、離れろ!このガキ!!」 けれど、私は男の伸ばした手を掴むと、そのまま、全力で男の腕に噛みついた。 「いってぇ!」 悲鳴を上げる男。 その隙に、舞ちゃんは男の腕の中から逃げ出すと、私の後ろに来ていた。 「逃げよう、舞ちゃん!!」 舞ちゃんの小さな手を掴み、走り出す私。 私達は無我夢中で走り、気付けば園の入り口でへたり込んでいた。 私達が余りに様子がおかしかったので、その日は園の先生に色々話を聞かれたのを覚えている。 そうして、その日の夜。 我が家と舞ちゃんの家に、それぞれ1本の電話があった。 電話の主は、舞ちゃんを連れて行こうとしたあの男の父親だ。 我が家の両親曰く、 「お宅の息子がいきなり噛みついて来て、うちの息子は怪我をした。今すぐ詫びに来る様に」 と、言っていたらしい。 ちなみに、舞ちゃんのご両親には、 「お宅の娘さんの友人のせいで、うちの息子は怪我をした。責任をとって、お宅の娘さんが今日からうちの息子の世話をしなさい」 と、言っていたそうだ。 舞ちゃんは、長い黒髪がよく似合う、とても綺麗な子だったから。 だから、この頭のおかしな父子に目をつけられてしまったのだろう。 我が家の両親も舞ちゃんの両親も、私達や先生方から何が起きたのか、粗方の説明は受けていた。 その為、この頭が沸いてるとしか思えない要求をガンとして受け入れなかったらしい。 しかし、それがいけなかった。 この父親は、地元でもかなり有力な名士だったのだ。
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