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「先生、お邪魔します」
何時もの様にチャイムを鳴らし、開いてるドアを開け、慣れ親しんだ廊下を進む私。
「ハロー、ミツコ」
リビングに到着するや、私は元気良くそう挨拶をする。
ドアを一歩入ったら基本的には日本語は極力禁止、それが光子先生の英会話教室のルールだ。
なので、それに従い、私も英語で習いたての単語を並べ、辿々しいながらも会話らしきものを構成していく。
ちなみに、私の通っていたクラスには、私を含めて全部で5人の生徒がいた。
しかし、皆離れた地域から通ってきていた生徒達だったので、私の悪評を知らなかったのである。
活発で明るいメグ、内気で大人しいミク、頼れる兄貴分なツヨシと、ツヨシの双子でインテリ肌なマサシ。
彼等4人は、正しく文字通り、私に初めて出来た友人達だったのだ。
「スグル、サマーパーティーのプレゼント決めてきた?」
「ううん、まだ」
「あれ、絶対手作りじゃなきゃ駄目なのかなぁ?」
「ぽいやつを買ったらバレないんじゃねぇ?」
「こら、ツヨシ。お前は何を吹き込んでいるんだ」
日本語極力禁止なのにも関わらず、顔を合わせると、ついお喋りに花を咲かせてしまう私達。
と、そこに手作りのチーズケーキと子供達の人数分の紅茶をトレイに乗せた光子先生がやって来る。
だが……1、2、3、4、5……6?
トレイに用意されたカップの数が1つ多い。
そこはかとなく嫌な予感が私の全身を支配した。
けれど、そんな私の様子に気付くことなく、光子先生はカップをテーブルに並べると、とても楽しそうな声で告げる。
「皆?今日から、皆のお友達がもう1人増えます!さぁ、入ってきて頂戴!」
光子先生の明るい呼び掛けに招かれる様に入ってきたのはーー舞ちゃんを息子の生贄に差し出す様要求してきた、あの名士の下の息子だった。
私の全身を、息をするのも苦しい程の絶望が支配する。
(ああ……もう、此処にもいられないのか……)
自然と項垂れる私。
だが、名士の下の息子ーーアツヤの方は、対照的に満面の笑みを浮かべていた。
あれは、先生達や同級生達がよくしている……玩具を見つけた時の笑顔だ。
にやにやとした嫌らしい笑顔のまま、敢えて私の隣に座るアツヤ。
そこから、彼の怒濤の嫌がらせが始まった。
先ず、テーブルの下で何度も激しく蹴って来るのを始め、教科書を開くふりをしてわざと顔にぶつけて来たり、荷物を出す仕草をしながら鳩尾に肘鉄を食らわせて来たりするアツヤ。
そうして、極めつけは、
「お、悪ぃ悪ぃ!わざとじゃないんだぜ!」
ケーキを食べ終えた皿を戻そうとしてよろけたふりをし、私にぶつかると……そのまま私が落とした鉛筆の上に乗り、踏み、折ってきたのである。
絨毯の床の上で、ぽっきりと真っ二つになる私の鉛筆。
それを見た瞬間、私の心も音を立てて折れた気がした。
何故なら、彼が汚い足で乗り、踏み壊した鉛筆はただの鉛筆ではなかったのだ。
私にとっては、他の何より価値のある……大切な鉛筆だったのである。
そう、それはーー初めて参加した水泳大会で記念品として貰った、あの鉛筆だったのだ。
それを知ってか知らずか……肩を落とし、愕然とする私の顔を見て喜ぶアツヤ。
彼のその笑顔を見た瞬間、私は、今までに感じたことのない様な冷たいーー冷えきった血が、身体中を逆流していく様に感じていた。
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