第一話 見失わないように

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第一話 見失わないように

彼女の記憶に残る俺は、きっとマイナスイメージばかりだろう。 地元に残る俺と、東京の大学に進学する彼女にはきっと接点が無くなってしまう。 このまま背を向けることは簡単だが、諦めたら可能性はゼロになる。 今の自分にできることは何だろうか。 「俺にもあんな笑顔向けてくれないかなぁ・・」 ぼんやりとしていると、急に背後から駿佑(しゅんすけ)が俺の耳元に囁いた。 「ぅおい!」 怒鳴りつけると駿佑はニヤニヤ笑って俺の脇腹をツンツンしてきた。 「あいつらこの後みんなでご飯とか行くんじゃん?」 俺はため息をついて、だろうなと言った。 『松本はる』の周りには既に男女合わせて10人ほどの集まりができている。 「和真(かずま)も誘ってあげてって言ってこようか?」 駿佑がからかってくるのでぶっとばすぞと低い声で言う。 わかっていたはずだ・・。 みるからに悪人面(あくにんづら)の俺は、喧嘩などしたことがないのに周りに怖がられ、コミュ障も相まって女子生徒はおろか、男子生徒にも駿佑以外友達がいないという寂しい高校生活を送ってしまった。 卒業式の後はこんな雰囲気になるということが簡単に想像できた。 松本はるは手の届かない高みというよりかはすごく地味な女の子で、校内で俺とすれ違う時は小動物のように震えて関わらないようにしているようだった。 彼女にとって俺は同じ学校の同級生という存在であって、それ以上でもそれ以下でもでもない。 正直松本はるの周りにいる普通の男女が羨ましくて仕方ない。 「おまえもあいつらみたいに素朴な青年だったらよかったのにな」 俺の肩をポンポンと叩く駿佑のところに、クラスの女子生徒が話しかけてきた。 「清水この後ヒマ?」 駿佑はぽかんとすると俺の方を向いて和真とご飯食うけどと言った。 女子生徒は一瞬戸惑った顔をしたが、自分たちも食事に行くので一緒に行かないかと誘ってきた。 「だって。行こうぜ和真」 相変わらず俺の腕をバシバシと叩いた駿佑は、にっこりと俺に笑いかけた。 遠くにいる松本はるの集団が気になったが、俺はぼそりと言っていた。 「俺でよければ・・」 重い足取りでクラスメイトの清水に話しかけに行った。 いかつい剣崎(けんざき)には近付きにくいが、いつも彼の隣にいる清水は割とちゃらいので二つ返事でOKしてくれることを期待していた。 剣崎は私を目にすると名前は憶えていないがクラスの人だという顔をしたのが思いの外ショックだったが、それでいい。 案の定清水が軽く私の誘いを承諾してくれたからだ。 学校から近くのショッピングモールの中に入っているファミレスに私とリサ、清水と剣崎で行くと、そこには元クラスメイトの松本さんやその他の人たちがいた。 彼らは皆地味めだがそろってそこそこ成績がよかったので、大体が東京のいい大学へ行く。 剣崎は高校三年間松本はるに想いを寄せていた。 なぜ知っているのかというと、私はその剣崎をずっと観察していたからだ。 彼を好きなのか、彼女を好きな彼を好きなのか、自分でもよくわからなくなっている。 まあ最後の日にこうやって三年間思い続けた剣崎と一緒に食事に来ることが出来たのだから、自分にしては前進だ。 店に入ってすぐ松本さんたちを目にしたときは眉をひそめてしまったが、嬉しそうな顔をした剣崎を見て複雑だがいいことをしたのかなと思った。 「運がよかったな」 ボックスの席に座ると、剣崎の肩をポンと叩いて清水が笑った。 「おい」 振り返れば松本さんたちがいるという状況をひやかす清水を剣崎は注意し、私たちに気を遣った。 「ええと、今日は誘ってくれてありがとうございます」 生真面目な彼にリサは吹き出し、なんで敬語?と訊ねた。 「あ、いや初めて話すから・・」 ぶっきらぼうだが頑張って会話をしようとする剣崎を見て、私も自分を鼓舞して口を開いた。 「こっちこそ、剣崎と清水が来てくれてよかった。卒業式の日に何もないのは寂しいしね」 しばらく会話が無くなってしまったが、私は二人に質問した。 「清水と剣崎は進学どうするんだっけ?」 本当は調査済みだが話題が無くなるのを回避するために聞いてみた。 「俺は専門でこいつはМ大だよ」 清水がメニューを見ながら地元の大学名を言う。 「うちらも地元の専門だよね~」 リサもメニューのパンケーキのページを見ながらそう言う。 「剣崎は東京の大学に行こうって思わなかったの?」 私の質問に、彼はうちは母親だけだから一人で置いていくのが心配だしと言った。 清水がうちは大学行くなら東京行かせてやるって言われたけど、父ちゃんが専門なら地元にしとけって・・と話している間、私は剣崎の顔を見ていた。 怒ってないよね? 彼の武骨な表情から、何ともいえない複雑さが読み取れた。 「何?」 「え・・」 剣崎を見つめていた私に、彼は不思議そうな顔をした。 「え、いや、なんか寂しそうな顔してたから・・」 すると彼はますます不思議そうな顔をして、松本さんは泣きそうな顔してると言った。 「えー、そう?ははは」 私は誤魔化しながらメニューをぺらぺらとめくった。 『はる』じゃない方の松本。 私の苗字も残念ながら松本だ。
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