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『魚恋』のエンディングルートとしては、主人公がクラウス様を狙わない限り、私の身は安全だ。ディーナはどのシナリオでも登場はするが、クラウス様攻略時のみに発動する悪役令嬢だからだ。因みに、別のライバルが登場する攻略キャラも何人かいる。
最後、晴れてエマとクラウス様が結ばれると、ディーナはエマを苛めた罪で隣国の修道院送りになる。何で、わざわざ隣国なのか分かんなかったけど、きっと知らない土地に流して精神的にも苦しめる為ね。
だから、エマが登場した時には、友達として仲良くなろうと思った。自分の身の安全もあるけど、クラウス様とアドルフ様を狙わせる訳にはいかない。そう、他の素敵なキャラを勧めて、誘導しなきゃ。海の泡になられるのも悲しいもの。
ゲームは、エマが下働きでお城に上がるところから始まる。『魚恋』は貧乏男爵令嬢として育てられたエマの、シンデレラストーリーの話なのだ。
育成コマンドであらゆるスキルを身に付け、その中で色々なイベントをこなし、それぞれのお相手に相応しい淑女に育てる。
肩までの、毛先がくるんとカールした栗色の髪。同じ色の瞳はクリッとして愛らしい。エマは見掛けも、主人公らしく活動的な雰囲気でとても可愛いかったんだよなぁと思い出した。
うん、出逢える時が楽しみだ。
「本当にその格好で行くのか? 」
アドルフ様は、城へ向かう馬車の中でまでも、そんなことを言っていた。
クラウス様にお逢いするのに、こんな完璧な装いは無い。それなのに、何度も聞くのはどうしてなのだろう。
「もしかして、似合っていませんか? 」
自分では元の派手派手しさが抑えられて、上品にまとまっていると思うのに、他の人の目から見るとどこかおかしいのだろうか。
「いや、似合っているよ。だけど、あまりに可愛いらしくて、あの王子に気に入られやしないかと心配なんだ 」
……あぁ、また兄の欲目ってヤツね。
私は小さく溜め息を吐いた。
「私が王子に気に入られるなら 、お兄様にとっても我が家にとっても喜ばしいことではありませんか 」
しかし、それに対してアドルフ様はムッとした顔をする。
「ディーナ、我がペアーレモーネ家が、お前の幸せを犠牲にしなければならない位の力しか持ち合わせていないと思うのか? 」
ギールモーネ王家と同じ、月を氏に頂くペアーレモーネ公爵家は、リュスインテシテ王国で唯一、王家と並び立つ家系だ。財力も地位も、他の貴族とは比べ物にならない。
だけど、ゲーム内でずっと王子に蔑ろにされてきたディーナが、本当に気に入られるとは私にはどうしても思えなかった。クラウス様狙いのバッドエンドの時だって、クラウス様は仕方なくディーナを選んでいる様にしか見えなかったから。
そう、きっと派手派手しくけばけばしい見掛けのディーナはタイプじゃないのよ。
「そんなことは思ってはいませんけど、仲良くなれればそれに越したことはありません 」
仲が良いのは、恋愛感情だけではない。友情だってある。だから、畏れ多いけれど私だって仲良くなれる可能性はある。
ところがアドルフ様は、まるで私の方が一国の王子よりも上の様な言い方をするのだ。
「しかもお前は、公にはしていないが、ウンディーネの『贈り物』を与えられた者だ 」
ウンディーネ。生命の再生、豊穣、浄化のシンボルとされる、水をつかさどる聖霊だ。
私の左太腿の内側には、ウンディーネの加護を受けたという痣というか印が、生まれた時からある。
そんなこと、公式は何も言ってなかったけどね。ディーナは脇役だから、どうでもよかったのかも知れない。
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