第1夜 少年ギル

2/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
女は少女を抱いて自身の寝室へと運んだ。ギルは家の中へ入っていき、幼馴染の姿を探した。――居た。リビングの長椅子に横になって、お気に入りの工具やら斧やらの手入れをしていた。 「エンリケ、やっぱ先戻ってたんだ。」 「雨降ってっと金属ダメになっちまうからな。職人にゃ重要なんよ、天気って。」 「エンリケは釣りより工作の方が好きなんだったな。」 「おうよ!」 エンリケは斧を背もたれに引っ掛け、ごろんと寝転がった。――もうすぐ日が暮れる。夜は危険なので、家の中にいなければ。エンリケはそのまま寝ることにした。ギルもそれに便乗し、床に寝転がった。 「うーん、腹減ったな…」  雨と風のうるさい朧月夜。ギルは腹の虫を目覚ましに、一人目覚めた。母もエンリケも、あの少女もぐっすりと眠っている。ギルは静かに家を出て、森へと向かっていく。嵐の近い海よりは、安全だからだ。 「んだこれ、うんま…ん、こっちに道なんてあったか?」 成っていた赤い木の実をつまみ食いしていると、見慣れない道に気づいた。よく遊びに来ている森だが、今日は何だかいつもと違う。普通はそこで警戒して引き返すのだろうが、冒険大好き少年のギルはそのまま突き進んでいく。探検家を夢見ているからだ。  ギルが見慣れぬ道を突き進むと、その先には海の見える岬があった。下を見下ろすと、見覚えのある砂浜が見えた。かなり高さがあるようだが、ギルはこの場所に覚えがあった。 「いつも来てる海岸…遠くに見えてたのは此処だったのかー。でも、この鐘何だ?」 ギルは小さくこの岬を見ていたが、そこにある鐘のことまでは知らなかった。古びた大きな鐘が太いアーチで吊るされており、その頂上には「L」と大きく文字が見える。他にも2,3文字書かれていたが、古びているせいかギルには読めなかった。 「L…知らねー鐘だなァ。しっかしデッケーなァ!」 (…鐘の中って、どうなってるんだ?)  ギルはぐるりと外側を見てから鐘の下に潜り、頭を鐘の中に入れた。するととてつもなく眩しい光を目いっぱい浴びた。 「眩しっ――」 思わず目を瞑っていたが、少しして恐る恐る目を開けてみた。――中には美しい星空と、広い海が広がっていた。しかし夜ではなく、日が差し込んで茜色に変わりつつあった。不思議なことに、見える風景はころころと変わっていった。一面海が広がっていると思ったら、今度は島が見えてきて、また少し待てば別の島が見えてくる。見たことのない果実や生き物も見えた。 (…決めた。おれは絶対に旅に出て、全部この目で――) 『ギル――12歳になったばかりのギル。貴方は今、力に目覚めるでしょう。次の満月の夜、旅に出なさい。海はきっと、貴方を祝福するでしょう――』 「待って、何だよオマエ…ッ、うあああっっ!」 謎の女の声を聴いてから、ギルは目の奥にジリジリとした熱と痛みを感じ始めた。その痛みはだんだんと大きくなっていき、やがて額にまで広がっていった。見えない何かで額を引っ掻かれているかのようだ。ギルは鐘の下でうずくまっていたが、思っていたよりも早くに痛みは治まった。完全に痛みがなくなってからギルは後ずさりし、ゆっくりと目を開けた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!