第1夜 少年ギル

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「…朝だ」  朝日が昇り始めていた。水平線に光が差し込み、確かに美しい景色が広がる。それでも、鐘の中で見た風景とは比べ物にならない。ギルははっと我に返り、鐘と自分の手を交互に見て、立ち上がった。 「…折角だし、鳴らしてみっか」 ギルは垂れている縄を右手でがっと掴む。左手も添えようとしたが、思わずギルは手を離した。――右手だけで、あっさりと鐘が鳴ったのである。音は非常に大きく美しい。寸胴な見た目とは裏腹に、小鳥のさえずりを拡声させたような、そんな手軽さ、鮮やかさがあった。ギルは放心していたが、我に返って走り去っていった。 「…そろそろ帰らなきゃ」 「何だい、その傷は。」 「傷?」  朝の食卓に着き、開口一番に母に言われた言葉がそれだ。ギルは額に手を当てるが、確かに傷跡があるのは分かった。それだけだ。ギルが混乱していると、エンリケが「もーらい!」とロールパンを一つ横取りした。 「というか、右目変よ?アンタ大丈夫なの?」 「何言って――」 「でしたら、こちらに鏡がありますわ。どうぞお使いください、ギルさん。」 「…オマエ、昨日の――」 「ええ、おかげ様で。私はオリーヴと申します。昨晩、ベルベットさんにお話を伺いました。どうぞお見知りおきを。」 にこりと微笑む少女――オリーヴは、ギルに手鏡を差し出した。鏡を覗いてみると、ギルの額には大きな十字傷があり、縦線は右目に掛かっている。その右眼自体にも変化があり、左は元の茶色いまま、右は赤と、オッドアイに変わっていたのだ。エンリケや母・ベルベットも、そんなギルの表情の変化をじっと見つめていた。 「…本当におれか?」 「ええ。私の目の前にいらっしゃるギルさんと、ちょうど鏡と対称の見た目ですよ。」 「そうかー?」 「ギル、オリーヴちゃんはシスターだそうよ。嘘はついていないわ。」 「えー?なーなー、エンリケにもそう見える?」 「おー、見事に変わってんな。誕生日来て早々に。あ、シチューの肉やんよ。」 「ありがと…やー、マジかー…」 ギルは貰ったチキンを口に運ぶ。長めに咀嚼をし、自身に起きた変化について考えていた。…あの光で、自分に変化があったらしい。気付けば咀嚼のスピードは落ちていた。  朝飯を食べ終えると、ギルはエンリケやオリーヴと共に村の中を歩いていた。その際、三人は様々な話をした。村での暮らし、修道院での暮らし、そして夢の話などを。 「へえ、のどかで良い村ですね。」 「修道院とはやっぱ違うのか?」 「似てるようで、全然違うんですよ。修道院では、皆厳しい戒律を守りながら、神々のはしためとして生活しています。なので、少し窮屈に感じることもあるんですよね。」 「ひえー、大変だなァシスターって。」 オリーヴの話に、エンリケは驚愕した。宗教なぞ興味はないが、外の話を聞くのは面白い。エンリケが嬉々として話を聞いている一方、ギルはぼうっとしていた。そして突然、彼も話に参加し始めた。 「なーオリーヴ。此処には一人で来たのか?」 「ええ。…途中で、難破しちゃいましたけどね。それで漂流していて、いつの間にこの島に…あら、そういえばこの島の名前って――」
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