#1 夜明け

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#1 夜明け

 4月初旬。入学・進級・就職など、新生活が始まる季節。トレードマークの赤いヘアバンドを髪の下に巻く少年・本橋(もとはし)(はじめ)は、仕電(しでん)中等学校の高等部に進級したばかりである。現在の義務教育は12年間で、小学校卒業後は中学校と高等学校が一体化した中等学校に行くルートが“普通”とされている。学校は四年目とは言えど、高等部では一年生。それなのに、黒い学生服の中は白いYシャツではなく赤いTシャツ。本橋は中等部時代から不良としてちょっとした有名人である。しかし、実際の彼はイメージとは少し異なる。 「あら(はじめ)、おはよう。もう朝ごはん用意しているからね。」 「おう。…今日も米か、もう学校始まったしパンでもいいのに。」 「あら、何言ってるの。アンタのことだし、どうせまたしてくるんでしょ。」 「言い方。そんなんじゃねェって。」 本橋は成長期真っ盛りの男子高校生、そして中等部時代の。それ故、それなりに体力を消費する。女手一つで彼を育ててきた母親は、それに特に反発せず、むしろ応援している。だから、腹が減らないようにと朝は必ず米を炊いてくれるのだ。それに応えるように、本橋には未だ反抗期は来ていない。 『――続いてのニュースです。東地区で心獣による死傷者が出ました。』 『合わせたら今月入ってもう30件超えてますよね。ちょっと不安ですねー。』 『そうですね。これは――』 「ね、(はじめ)。何か最近多いわよね、こういう話題。アンタも今日の帰りにでも遭うかもしれないわよ。本当に何もしないで帰ってくるの?いいのよ、暴れても。」 「ここ二ヶ月間、そういう事やめてたんだよ。進級テストあったし。」 心獣。人間の負の感情が積み重なることで生まれる、恐怖の象徴。死傷者が現れることも少なくない。それ故に、従来の警察組織では対処できず、新東京では別の機関が治安維持の役割を果たしている。心獣に対処できる能力者と呼ばれる人々は、僅か人口の3%程しかいない。ここ十数年で大分改善はされたものの、未だに人手不足が課題であり、人々は不信感を募らせている。本橋はストレス発散も兼ねて、仲間たちと暴れる――もとい、心獣退治をしてきた。本橋は能力者の一人である。 「あら、そう言っていられないかもしれないわよ。実際に増えているらしいもの。知っているわよ、アンタ最近サンドバックで我慢しているでしょう。」 「う゛」 「図星ね、適当に言ったのに。…まァでも、油断はしない方がいいわよ。だからハイ。」 「…グローブ。直ってる…」 本橋は“暴れる”時、必ず黒いグローブを身に着ける。彼は拳を多用するので、手へのダメージを軽減するために母が勧めたものだ。甲側は黒地に赤いワンポイントが入っているが、平の方は赤一色で、本橋の服装に合わせたようなデザインとなっている。この二ヶ月の間に、ボロボロになっていたので母が直しておいたのだ。 「ボロボロだったから、補強しておいたわよ。それ、持っておいて損はないでしょう?…食べ終わったら食器つけといてねー。」 「おう。ありがとう。」 それから一分ほどで、本橋は朝食を食べ終わり食器を水につける。鞄にグローブを入れると、赤いスニーカーを履いて本橋は玄関を出た。今日はあの幼馴染は置いていこう。今はなるべく穏便に過ごしたい。
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