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本橋は走って通学路を進む。いつもは幼馴染と話しながら比較的ゆっくり歩くこの道。今日は何となく、そういう気分じゃなかった。
「…何なんだ、一体。」
学校に着くと、急いで上履きに履き替える。“不良”ではあるが、足元はきっちりとさせておく。それが、本橋という男だ。もう走る必要がないと思い、今度は歩いて階段を上る。教室がある三階に着くと、自分が所属するA組の教室へと歩みを進める。そうして、ドアを開ける。いつも早めに着く方だが、大抵先客がいる。先客は大抵決まっており、葡萄茶色のボブに白いヘアピンを一つ前髪に留めている、アレンジせずにセーラー服を着る女子生徒だ。それを見越して、本橋は挨拶をする。
「おはよう。」
「あら、本橋。今日早いわね。相棒とは一緒じゃないの?」
「あー…今日は何かさっさと行きたかったんだよ。暇だし予習でもするか。」
先客――上野広子は、このクラスの学級委員であり、素行不良の本橋の監視役に任命された女子生徒だ。元々女友達も少なかった彼女は責任感が強く、学級委員就任と共に引き受けてしまったのだ。しかし、上野はそれを特に嫌とは思っていない。というのも、本橋の性格を理解していることもあるが、それだけではなくて。
「あ、暇ならちょっと付き合ってよ。化学のプリント。全く分からなかったの。」
「あー?たかが構成式だろ、しかも簡単なやつ。あれのどこがわかんねェんだ。」
「分子の数!覚えらんないのよ。」
「イオンって習ったよな?そろそろ覚えろよ。」
上野は所謂バカに分類されるほど、成績も地頭も悪い。本橋の成績は上位の方で、上野からすれば家庭教師にも劣らない程頼りたい相手だ。それ故に、早く来ては勉強会をするのが日課になりつつあるのだ。本橋のアドバイスもあり、上野はホームルーム前に課題のプリントを何とか終わらせることができた。
「――じゃあ本橋。この問題の解答は?」
朝のプリントを提出した化学の授業は3限、その授業は無事に乗り越えた。そして今は4限、現代文の授業である。今取り組んでいるのは四字熟語の小門で、2つの四字熟語にそれぞれある空欄に共通する漢字を答える、といったものである。しかし、ただ2つの空欄を埋めるだけではない。四字熟語は二字ずつ分けられ、空欄がない方は選択肢の中から読みを選び完成させなければならない。本橋は少し考えてから教卓前に歩いていき、タッチペンで液晶ディスプレイにすらすらと解答を書く。字はあまり綺麗とは言えないが、読めない字ではない。
「…空欄に入るのは「断」。四字熟語は、右が「油断大敵」、左が「迅速果断」です。」
「正解だ。どちらも社会人になってもなお役に立つ言葉だ。それぞれの成り立ちは――」
教師が熟語の成り立ちを語りだす。この問題は右は「たいてき」を後に、左は「じんそく」を前に付けて正確に漢字に変換する必要があった。本橋は「前どっかで聞いたことあったなァ」などと考え、解答した。それがいつのことかなどはどうでもいい、たまたま記憶に残ってたから運が良かった。国語はあまり得意ではないのだ。
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