#111 遊楽園

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青森は俯いている。彼にとって、“ビーズ”の表人格・汕八は優しくて大好きな義兄だった。しかし、9月に教会で自分を襲撃し、支配しようとしたのもまた、その兄であった。裏切られた側は、そのことを決して忘れはしない。青森も、その一人であった。 「そういえば、彼は元々能力者じゃなかったのよね。実験棟に来たの、いつ頃だったかしら。ねえ古市くん、うろ覚えの記憶からも情報って分かる?」 「できますよ。むしろ浅い所の記憶って大した事ないので…失礼します。」 古市は歌川の額に手を当て、目を瞑った。暫くそうしてから手を離すと、「結構しっかり残ってますね」と言った。 「青森くんを拾ったのが小学2年生の6月で、昼間汕八が研究棟に現れ始めたのはその年の5月初旬のようです。」 「5月…俺が生まれる少し前か。兄さんは8月生まれだから、少なくとも7歳の時には能力者になってんだな。」 「ああ、そういえば暖かい時期だったかも。本当に何でも分かるのね。発動条件は?」 「基本的には、対象に触れているのが前提です。手が接触しているのを前提条件として、あとは二つ――目を瞑れば調整も遡るのも自由です。瞑らなくても力さえ込めれば見えるんですけどね。すると強すぎるので一瞬しか見れないんです。」 「じゃあそれが限界ってことね。貴方も中々強い方ね、だから夜な夜な小岩さんの元に潜りこもうと…?」 「小岩さんに…って何やってんですか。ホーマ?とかは?」 「ホーマにはちょっとトラウマが…うう、古傷が疼くなァ…。」 冗談交じりにではあるが、古市は右腕と右目の火傷痕を覆うように手を当てた。仕事で何かあったのか、それとも。二人はそれ以上聞けなかった。実を言うと増星はその理由を知っているのだが、彼の口からそれを聞くことはないだろう。増星も、この話題はしないと決めているのだ。  一行は更に敷地内を進んでいく。しかしながら、遊楽園の様子はどこかおかしい。三人全員が、その違和感に気が付いていた。 「ええと…ここまで子どもらしき人影を一切見ていないのですが…。」 「変ねえ、この時間なら小学生と幼児は誰かしら見える筈なのに。鄭勘、貴方はどう思う?」 「俺もおかしいとは思う。案外無能力者も残滓みてェのはあるんだが、そういうのが一切ないんだ。」 「じゃあ本当に誰もいないのね。あちらにバレているのかしら。」 「警戒されてる、というのは確かにありそうですね。」 この広い庭に、彼ら三人を除いて誰一人といない。それは、出身者からしてもおかしなことであった。建物にも侵入すべきか、でも何処へ――そう大人たちが悩んでいると、青森が「なら仕方ないな」と呟いた。 「しかないか…」 「って?」 「…一度、能力を解除します。人間はいなくても、霊がすぐ其処にいるんです。人間に聞けないなら、霊に聞けば良い。…良いですか?」 「霊?」 「鄭勘は陰陽師の末裔なの。じゃ、鄭勘。お願いできる?」 「ああ。――“解除”」  青森が両手を一度叩くと、木々が穏やかに揺れ始めた。――時間停止が解除されたのである。古市が呆然としている間にも青森はズカズカと歩いていき、やがて一点で立ち止まって誰かに話しかけていた。歌川は古市の腕を掴み、青森の元へ向かった。 「鄭勘!」 「悪い、知ってる霊を見かけたんでな。俺が赤ん坊の頃、よく面倒見てくれてた職員の人だ。メイド服で思い出したんだ。」 「職員さんの幽霊?亡くなっているの?」 「鄭勘を逃がした2か月後くらいに、自殺した職員がいたの。確か、茶髪でい三つ編みの…合ってる?」
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