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女神が素っ頓狂な声をあげたのはそのときだった。
俺は心の中でガッツポーズをとった。女神が間違えるとなれば、相場は決まっている。大方、無限の魔力を使えるようになったとか、怪力無双を手にしたとか、そういうことだろう。
これは、手違いから最強の能力を付与されることになったのだと。思わず力を込め過ぎて、女神と同等の能力を手に入れたのだ。
しかし、アオイは真っ青な顔をしたまま、視線を泳がせている。
「どうしたんですか?」
俺の声はどういうわけか、口に毛布を押し当てたみたいにくぐもっていた。
「い、いえ……その……わ、わるいんだけどやっぱり転生はやめて、そのまま死んでくれないかしら」
アオイの声は震えていて、目元に赤みが差していた。今にも泣きだしそうなのだ。
これはただごとじゃないぞ、と思った。
恐らく事態は急激に悪くなりつつある。
「そんなのヤですよ。デュオス様の結婚はどうなったんですか? 特別の恩赦じゃないんですか?」
俺は早口で言った。
「と、特別の恩赦には違いないんだけど……こ、これは恩赦というより、い、嫌がらせ?」
アオイは俺と視線を合わせようともしなかった。
「どうしたんですか?」
俺の声はやっぱりくぐもっていて、まるで後ろから別の誰かがしゃべっているみたいだった。
それになぜか、さっきからぷ~んと変な匂いがする。懐かしいようでもあり、汚らわしいようでもある。本能的に気分を害する間抜けな匂いだった。
「ヤグラくん……昨日……雨が降ってたでしょう?」
「なんの話ですか?」
アオイは俺の言葉を無視していった。
「それで、私、低気圧でヘン頭痛になってたのよ……。もう一日中、なんにもできなくて……ホント最悪っって思いながら、一日中寝てたのよ。それで……朝ご飯を食べたきり、お昼も夜も食べなかったのね」
「だから一体何の話なんですか……」
話がどこへ向かおうとしているのか、よく分からなかった。だが、アオイが必死で言い訳を考えていることだけは分かった。
「それでね、今日出勤する前に一応パンを食べたんだけど、昨日一食しか食べてないからやっぱり集中できなくて……」
アオイは目に涙を貯めて、何度もしゃくりをあげながら言った。
「わたし……あなたの肉体を再構成しようと……頑張ったのよ……。わたしなりに頑張ったんだけどね……。まちがえて、消化管を上下逆につけちゃったの」
「消化管を上下逆?」
俺はアオイの言ってることを上手く理解することが出来なかった。
「だから、普通は顔の真ん中に口があって、そこから食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、肛門っていうふうに下に降りてくるでしょう? でも、今のあなたは、その……顔の……まんなかにお尻の穴があって……」
「ハァッ!!!!」
俺は叫んだ。だが、それはやっぱりどこか遠くの方でくぐもったように聞こえた。
自分の顔は自分ではうまく見れない。
だが、さっきからケッタイな香りが鼻につくのだ。
俺は慌てて口元に手をやった。だが、そこには分厚く腫れて横に広がった唇はなく、袋の結び目のようなくぼみが、いじらしいほど控えめについているのだ。
しかも、そいつはなかなかに寡黙なやつで、実直な職人のように何も言うことなく、ただモヤモヤモヤと異臭を発してる。
「なんだよ、これ!!」
俺は叫んだ。
「だから言ってるでしょ!! 消化管が上下逆なのよ。口にアナルがついて、大腸、小腸、十二指腸、胃、食道、口って、下に続いていくのよ!!」
アオイは逆ギレしたみたいに言った。
「じゃあ、ここからウンコでんのか!!」
俺は顔の真ん中を指さした。
「言わずもがなよ!!」
「なにが言わずもがなだよ!! ふざけんなよ!! こんなの異世界生活どころか、日常生活だってままならんだろ!!」
ということは、さっきからくぐもっている俺の声は、ケツの割れ目にできた口から出ているのだ。消化管が上下逆についているのだから、本来アナルのある位置に、口があり、口のある位置に肛門があることになる。
どおりで、声が後ろから聞こえるわけだ。
「ほんと、これどうするんだよ!!」
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