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 割れんばかりの拍手の中、舞台の幕は下りた。  遠い宇宙にある“ニュー・アクエリオン”という星が、“光の銀河連邦”に加盟した記念に、銀河連邦じゅうで文化交流祭が行われることになった。  交流祭は銀河連邦がいっせいに長期休暇に入ったタイミングで、数ヶ月に渡って開催される。各地の劇場やホールで、学校や団体が、歌や踊りや劇を披露するのである。 「ガゼル」  (ちゅう)二階の観客席に落ち着いて、寛いでいると、名前を呼ばれた。振り向くと、同級生のドリスがお盆を手に、にっこりと立っていた。 「ここ空いてる?」  そう訊くと、僕が答えもしないうちから、彼は目の前のテーブルにお盆を置き、僕の隣にぴょこんと座った。反動で、僕の身体が一瞬だけ浮いた。  本当に隣である。一人掛けのソファーに、二人で座っていることになる。  中二階席は、丸いローテーブルを挟むように、一人掛けのソファーが二つ置かれている。一階と二階の間にある、バルコニーのような狭い空間なので、椅子をずらりと並べるわけにはいかないのだ。その代わり、二階席と同じく予約なしで座ることができ、二階席よりも人は少ない。タイミングがよければ、今のような貸し切り状態になる。  僕はもう一つのソファーを指差し、 「向かい側、空いてるけど」  ドリスは僕に顔を向け、依然として微笑みながら、 「だから?」  尋ねる気もないのだろう、彼はそう言ったものの、僕から目を離し、持ってきた銀のお盆からグラスを取る。  まぁ、おとな一人がゆったり座れるように作られているのだから、子ども二人で座っても窮屈ではないのだけどね。特にドリスは身体が細い。  彼は二つのグラスのうち、一つを僕へ差し出す。 「ガゼル、乾杯しよう」  汗をかいたグラスの中に、アイスキューブで冷やされた黄緑色のお茶が注がれている。ほんのりとオリーブの香りがする。 「劇に出てきたお茶だね」  先ほど僕たちが出演した、『光と花のミューズ』。  受け取りながら僕が言うと、ドリスは頷き、 「乾杯」  僕たちはグラスをかち合った。 「主役お疲れさま」  僕が言うと、ドリスは極上のスマイルで、 「うん。脇役お疲れさま」  危うく、どてっと転びそうになったけれど、グラスを持っているので何とかこらえた。ドリスは無邪気なのである。 「それにしても、プリズム学園にはちゃんと劇団があるのに、僕たち聖歌隊から役者が抜粋されるなんて珍しいね」  ドリスに限らず、生徒たちは普段、プリンス・ズーム学園をプリズム学園と呼ぶ。 「今回のは音楽劇だったからね。ドリスの声、ヒュアキントスの歌にぴったりだったんだと思うよ」  実際、彼の歌うエンディングを聴いたとき、僕もそう思った。  『光と花のミューズ』は、水と緑に覆われた豊かな惑星アクエリオンに住まう王子ヒュアキントスと、アクエリオンを照らす太陽(ソル)の神アポロンが愛し合う物語。同じくヒュアキントスを愛していた風の神ゼピュロスが王子の命を奪うが、アポロンが彼を甦らせ、ヒュアキントスは花の神になるのである。  アクエリオンが滅び、ニュー・アクエリオンが立て直された記念の交流祭に、アクエリオンへの追悼の念も込めて、()の星の歴史を舞台にした誕生と復活を象徴する演劇。 「監督に推薦されてたもんね」  冷やかすようにそう言ってみたが、ドリスはごくごくとオリーブ・ティーを飲んでいた。僕がしゃべってるの、聞いてた?  ごくりと飲み干し、「アーッ」と幸せそうに息をつく。上演中、喉が渇いてるの、ずっと我慢してたんだろうな。  仕方ない、可愛くなくても許してやろう。  ドリスはコップをテーブルに置き、僕に目を戻してにっこりする。 「そう言うガゼルは、僕に推薦されたんだもんね」  なんだ、聞いてたのか。  主役を引き受ける代わりに、同じ聖歌隊から僕のことも一緒に引き抜いて、キャストに加えるよう監督に条件を出したのは、ドリスなのである。 「うれしい?」  彼のほうこそ嬉しそうに、まるで自分のことのように、誇らしげに尋ねてくる。  それがあまりにも可愛くて、ばつが悪くて、僕は反射的に目を逸らす。 「どっちでもよかったよ」  本当は、そんなに嬉しくなかった。友達の演じる役を、殺す役だなんて。 「どうして僕を指名したの?」  僕が尋ねると、ドリスは目をぱちくりし、当たり前のように言う。 「だって、ガゼルは僕と一緒にいなきゃダメでしょう?」  いつのまに、彼の中でそんなルールが出来上がっていたのだろう。  確かに僕たちは、お互い入学してから、最初に口を利いた仲である。クラスが違っても、友好関係はずっと続いている。お互い、一番仲がいい友達かもしれない。  不意に、ドリスが僕の手もとを見る。 「ガゼル、飲まないの?」  僕の手つかず、いや、口つかずのグラスを指している。  僕は自分のグラスと、からになったドリスのグラスとを見比べ、 「欲しかったらあげようか?」  ドリスはかぶりを振る。 「ううん。飲まないなら、飲ませてあげようかと思って」  どうやって?と尋ねようとして、やめた。ドリスなら、何をしでかすか分からない。  彼はコップを持った僕の手に、自分の手を重ねる。 「ゼピュロス様・・・・・」  僕の手もろとも包み込むように、両手で持ったそのグラスを、二人の口の間へ近づける。  というか、どうしてドリスはこういうときに、劇の中のヒュアキントスのように僕を呼ぶのだろう。いつもは明るすぎる彼が、やけに儚げに見えてしまう。  ドリスがそっと、僕のグラスに口づける。ああ、やっぱり口移しで飲ませるつもりだ。どうにか切り抜けなければ。  お茶を少し含んですぼめた彼の唇が、花の蕾のように見える。それが僕の口へと近づいてくる。 「そこまでだ」  レールの遮断機のように、ふたりの間に台本が降りてきて、ドリスがくちばしをこつんとぶつけた。  ごくり。  あっ、飲んじゃった。  音が聞こえて安心する。噴き出さなくてよかったと。 「ん~。アドニス、邪魔しないで」  そんなに痛くはないであろう口を押さえ、ドリスは僕たちの後ろに仁王立ちしているアドニスを上目遣いで睨む。  少年部の生徒会長であり、聖歌隊の部長であり、僕らの劇の脚本・監督を務めるアドニスは、疲れが露骨になっている顔を隠しもせず、額の髪をかき上げる。 「邪魔はそっちだ。今日は文化交流祭の最終日だぞ。長期休暇ももうすぐ終わる。新学期には感想文が提出できるように、しっかり催し物を見学しておけ」  まるでディオニューソス、いや、先生のようなことを言う。 「えーっ!あの宿題、本当だったの!?」  ドリスは勝手に、噂話にしていたようである。 「誰が嘘などつくものか!それじゃ、僕はこれで。ガゼルの邪魔もするなよ。大人しくしていろ」  小さな子どもに言い聞かせるようにそう言うと、アドニスはせわしなく去って行った。まだまだ多忙なようである。  ドリスはむくれながら、僕のグラスを奪い、ごくごくとオリーブ・ティーを飲み干す。  やっぱり欲しかったのかな。
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