04.耳 リアムと慶一朗

1/1
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

04.耳 リアムと慶一朗

 今日は新しい職場で仲良くなったヘンリーという名の事務員と飲みに行くと聞かされ、久しぶりに趣味の鉄道模型を相手に格闘していた時、あまり遅くならないうちに帰るとメッセージが入った。  別に偶に飲みにいくぐらい遅くなっても構わないと返したが、いつかの約束だと返されて少しだけ目元が和らぐ。  付き合いだしてすぐの頃、しこたま酔いが回った恋人に無理矢理押し倒された時、こちらの気持ちも身体的なことも慮らずに本能のままに扱われた事に腹がたち口論になった事があったが、その時の約束を守っているのだと知り、生真面目な王子様だとからかい半分に返すと、陛下には嫌われたくないという泣き顔のアイコン付きのメッセージが返ってくる。  そんなやり取りから1時間近く経過した頃にドアベルが長く一回鳴らされた事に気づき、趣味の部屋を出て玄関へと向かう。  ドアを開ければ珍しく赤ら顔のマッチョマンが立っていて。  「程良く出来上がっているな」  玄関先で騒がれると面倒な為に中に入れて腕を組むと赤ら顔に満面の笑みが浮かぶ。  それを見た瞬間、本能的に危機を感じて後退るが、ただいま、Mein Schatz.と大きく両手を広げられた後、その勢いのまま抱きつかれてしまう。  平均的な成人男性のハグならば酒臭いと顔を背けるだけで済むが、何しろ相手はマッチョマンと評される筋肉を備え付けているのだ。  そのハグに思わず悲鳴がこぼれてしまう。  「auch!! 苦しいから力を緩めろ、グリズリー!」  「え?」  「え、じゃない!この酔っぱらい!!」  いくらお前の腕の中は俺専用だとしても圧死するなんて真っ平だと、腕の中から逃げ出して赤い顔で叫ぶと、アルコールで赤くなった顔になんとも言えない笑みが浮かび、己の失言に気づく。  「ヘイ、恥ずかしがり屋の皇帝陛下、今何と言った?」  noch einmal,もう一度とドイツ語で続ける恋人の顔を力任せに押さえ付け、こっちに顔を寄せるなと意思表示をするが、何だってと更に問われて思わず口走る。  「知るか、バカ!」  「・・・このままのしかかってやる」  「ぎゃー!止めろ!死ぬ!」  さっきまでの一人きりの静けさなど夢か幻だと言いたげに騒々しくなるリビングでドタバタといい年をした男の追いかけ合いが始まってしまう。  隣の家から苦情が来なくて良かったと思うが、隣の家の住人は今ここで赤い顔で人を追いかけ回している年下の恋人だと思い出すと何やら急にバカらしくなってくる。  「・・・押し潰さない程度にしろ、バカ」  「うん、そうする」  その言葉に素直に頷く恋人の頭を一つ撫で、耳に落とされるキスに今度はただくすぐったさから首を竦め、さっきまでとは打って変わった気持ちでベッドに入るまでの時間を過ごすのだった。 128c0927-a58a-44ce-9e24-c35b394d81bf
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!