第1話 葉牡丹ちゃんと喜助

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第1話 葉牡丹ちゃんと喜助

流行り病の年。 世界中の街は閑散としておりました。 どこもかしこも自粛自粛で御座います。 いくら文明が発達しようとも、目にも見えないちっぽけな奴らに恐れおののく我等が人類。 立ち食いそば食べたい。 寿司喰いたい。 ラーメン食べたい。 スナック行きたい。 キャンプ行きたい。 温泉行きたい。 ぐっとこらえて我慢我慢。 命あっての楽しみで御座いますから。 お上から、緊急事態宣言なる御布令が出される少し前。 夜の街は戦々恐々としておりました。 それは、老舗のストリップ劇場も例外ではありません。 「こんな夜にお客さんなんて来ないよ、パン・デミックなんだよ、しってた?」 専属の看板ダンサー、葉牡丹ちゃんの不満を聞きながら、支配人の木山喜助は頭を抱えておりました。 家賃に光熱費、給与の工面を今後どうしていこうかと、考えるだけで借金の底なし沼に沈んでいく人生が恐ろしかったのです。 それでも言わずにはいられません。 「・は要りませんよ、人じゃないんだから」 「そうなの?」 「そうです」 「だけどさ、こうやってお客さんも来ないのに開けているなんて、電気代とか・・・あっ!?」 突如の閃きに葉牡丹ちゃんは、にんまり笑顔でスマホを取り出すとこう言いました。 「ライブ配信しよ。私踊るからさ、会員制のライブ配信」 その表情はご満悦で御座います。 一方で喜助は、ぼんやりとステージを眺めながら思っていました。 「YouTuberか・・・」 人間社会、働かなくてはお金が入りません。 歴史あるストリップ劇場の存続は、支配人の喜助の腕にかかっていたのでした。 何故なら頼みのオーナーは自宅に引っ込んで、まるっきり外には出て来ません。 売り上げ対策は事実上の丸投げだったのです。 「未知のウイルスは網膜からも感染する」 と云う内容が、いつの間にか見つめ合っても感染するとなり。 「喋っただけで瞬時で感染する」 と云った噂は、スマホや電話でも感染するに化けてしまいました。 「だったらメールでも感染するんじゃね?」 半月前に聞いたオーナーの最後の台詞に、喜助はただただ唖然としておりました。 だから運営方針も放心状態で御座います。 それならは、看板ダンサー葉牡丹ちゃんの妙案に乗ってみるのも悪くないと、喜助は腹を括って店じまいの準備の為に外へ飛び出して行きました。 リモートコントロールされた照明に合わせて、葉牡丹ちゃんは踊りはじめました。 メインステージの先には張り出し舞台があって、そこにはポールが妖しい輝きを放っています。 桃色のシースルーのトップスの下、葉牡丹ちゃんのミルク色の肢体は艶かしく濡れています。 柔和な汗は若い肉体をなぞりながら弾けて、ステージに虹色の筋を描いては消えていく。 恍惚の表情。 流し目、 半開きの唇、 ツンと尖った鼻頭。 筋肉質な身体が、ボールを支点に狂おしく躍動する。 「でっでっでえー♫ でっでっででえー!」 葉牡丹ちゃんの、ちょっと音痴な歌声と共に。 夜の21時。 流行り病のお陰で、人っ子一人豆屋の小僧も居なくなった歓楽街。 例えるならば、全国津々浦々で見受けられる、場末の〇〇銀座商店街の日曜日。 しかも丑三つ時とでも申しましょうか。 そこにギラつく、ストリップ劇場の電飾立て看板を。 「わっしょ、わっしょ」 と、喜助は言いながら、建物の隅に押し込んでます。 片輪が錆び付いた看板に悪戦苦闘していると、ノリノリの歌声が聞こえて参りました。 でっでっでえー♫ でっでっででえー! ほろ苦い青春。 泥くさい青春。 喜助に去来する、初デートで酔い潰れた夜。 ライヴハウスで置き去りにされたあの日。 流れていたのはDeep Purpleのまさにこの曲。 でっでっでえー♫ でっでっででえー! なのでありました。 回想にふけるその手が、熱々の電飾に触れました。 「あっちい!」 喜助は、やり場のない怒りを看板にぶつけました。 アクリルボードは見事に砕け、中の配線が丸見えとなりました。 「畜生め、流行り病なんて無かったら、LED看板に替える筈だったのに、やだねえ。管理職ってのもさ」 その一方で葉牡丹ちゃんは、自撮り棒に固定したスマホの前でポージング。 あーでもないこーでもないと言いながら、半裸に近い格好で張り出し舞台のポールへと向かいます。 「すもーく♫おんざうぉーたー♫アガラチョビサダ♫」 外れた音程もなんのその。 ポールに昇って回転したり、片足の筋力だけでのけ反ったりと、自分の得意技の微調整に余念がありません。 実はこの練習、サービスカットと銘打って、富豪で助平な会員様には配信されているのでありました。 葉牡丹ちゃんはスマホに向かって言いました。 「ねえねえ男たちぃ〜♫わたし最近綺麗になったでしょ♫ 」 ぺろっと舌舐めずりをする葉牡丹ちゃん。 「だって、みんなから愛をもらってるんだもん。てへぺろ♫」 伝家の宝刀投げキッス。 二段構えの色香攻撃に、拍手喝采という名の巨大タイフーンが過ぎていきます。 つかの間の静寂。 張り詰めた緊張感。 いよいよ本番です。 ストリップ劇場の未来の為に。 全人類の未来の為に。 いざ配信スタート。
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