第13話 それは無価値な言葉

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第13話 それは無価値な言葉

「……ク、クックック。しつこい男は嫌われるぞ、色男」 「誰だ!?」  突然聞こえてきた声にアインは顔を上げた。  今この場には自分とディゼルしかいない。一体誰の声だろうかと周囲を見回していると、ディゼルの背後に黒い靄が現れてこの世のものとは思えないモノが姿を見せた。 「こいつを不幸にした張本人さ」 「お前が……!」 「コイツに何を言っても無駄だぞ? もう闇に堕ちた身体だ。ただの人間の言葉が耳に届くと思うか? なぁ、ディゼル」 「はい、悪魔様」  悪魔の姿に嬉しそうな微笑むディゼル。  今まで見たことがない恍惚の表情に、アインは頭を鈍器で打ち付けられたようなショックを受けた。  あんな顔、自分には見せてくれなかった。ディゼルが町に不幸を呼んだことよりも悪魔にディゼルを撮られたことがショックだった。  アインは震える足で立ち上がり、ディゼルに手を伸ばす。 「ディゼル! そいつから離れるんだ!」 「無駄だと言っただろう? コイツはな、不幸の中でしか生きられないのさ。そういう運命の元に生まれた女なのだからな」 「は……!? 彼女を不幸にしたのはお前だろう!」 「だが、俺が呪いを掛けなければこいつは死んでいたんだぞ。それでも言うか?」 「……っ、だが!」 「呪いを解きたい? そんなにこの女が愛しいか。ならば解いてみせろ。この女を殺してな」 「くっ……!」  悪魔の言うことは間違っていない。彼が血の飲ませ、契約をしたからディゼルはこうして生きているのだから。  それでも納得は出来ない。このままではディゼルは人の道に戻れない。アインは自身の価値観を信じ、それが押し付けであったとしても彼女のために行動したい。  だけど、そんな彼の想いはディゼルに一ミリも届かない。 「アイン。もういいのよ」 「ディゼル……!」 「私は、このままでいいの。この方の傍にいられるなら、悪魔になってもいい。ううん、もう悪魔になったようなものね」 「だ、そうだ。フラれてしまったな、人間」  目を見て話しているはずなのに、彼女の目に自分が映っていない。  同じ人間である自分よりも悪魔を優先するというのか。なんで。信じられない。アインは静かに首を振った。  こんなこと、受け入れたくない。信じたくない。それほどに、アインは初恋に溺れていた。  彼女こそが運命の相手なんだと、信じて疑わなかった。 「ダメだ。ダメだ、ダメだダメだダメだ!! そんなのダメだ!! 君は人間なんだ。普通の女の子として生きるべきだ!!」 「彼はそう言っているが?」 「……普通って、何かしら?」 「え……?」  そう返されると思っていなかったアインは体の空気が抜けるように声が出た。  ディゼルは顎に手を当てて、不思議そうな表情を浮かべている。 「ふかふかのベッドで寝ること? 毎日ご飯を食べること? 家族が仲良く過ごすこと? 人間同士で愛し合うこと? それって大事なこと? 貴方に愛されることが普通なの? 当然のことなの? それ、本当に私に必要なこと?」 「……っ、僕は……僕は、君を」 「私はあなたを愛していない。これからも、ずっと」 「っ!!」  もう言葉が出ない。  自分の吐き出す言葉がこれほど無価値なものだなんて、悲しいを通り越して空しくなってくる。 「私が愛してるのは、彼だけよ。彼は私の命そのもの。彼以上に愛おしいものなんて、何もないわ。だから私は誰が不幸になっても、自分のせいで誰かが死んだとしても、何とも思わない。貴方が今ここで死んでも、きっと何にも感じないわ」 「……っ、彼は悪魔だ」 「だからなに?」 「ディゼル……!!」  アインの目からボロボロと涙が零れる。  ディゼルは絶望の表情を浮かべる彼から目を逸らし、背を向けた。 「クックック。もうこの地に用はない。次なる不幸を求めて行こうか、俺のディゼル」 「ええ。愛しい方」 「待ってくれ、ディゼル……ディゼル!!!」  アインが手を伸ばすも、空を切るばかり。  ディゼルは悪魔と共に小屋を出ていった。  残されたアインは、そのまま泣き続けた。様子を見に来たレイナが来るまでずっと、泣き喚いていた。
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