第18話 悪魔の花嫁と聖女

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第18話 悪魔の花嫁と聖女

 今日は特別な日。  前世でこの世界の物語を知るディゼルだからこそ、分かること。  トワが主人公の物語。悪魔に乗っ取られた姉を追って、この国にやってくる。ここで初めて二人は最初の戦闘になるのだ。  悪魔はトワの聖女の力に負け、ボロボロになりながら逃げていく。そういうシナリオだった。  だが、ディゼルの物語は違う。悪魔に乗っ取られてはいないし、負ける気もない。悪魔の力も日に日に増している。力に目覚めたばかりの聖女などに掛ける要素はないのだ。  ギィ、という重い音を立てながら扉が開く。  足元の花を踏みつけ、彼らは前に進む。怯えた表情の彼女に、クスッと微笑みを浮かべながらディゼルはエントランスへとやってきた。 「ようこそ、聖女様」 「……お姉様」  赤い花に囲まれながら、ディゼルはトワたちを迎え入れた。  彼女の右隣には聖職者のクラウス。そして左隣には見覚えのある男性が立っていた。 「……あら。お久しぶりですわね、リュウガさん」 「ディゼル……」  彼は最初の村で出逢った青年、リュウガだった。  リュウガはトワの祈りによって正気を取り戻した後、彼女がディゼルを追っていることを知って旅に同行させてほしいと頼んだのだ。 「お前が悪魔だったなんて……よくも騙したな」 「騙す? 言いがかりですわね、勝手に私に惚れて勝手に喧嘩を始めたのはそちらでしょう?」 「何だと……!」  リュウガは拳を握り締めて一歩前に出るが、それをクラウスが腕を出して制止した。 「悪魔。その子の体から出ていけ」 「あらあら。聖職者様、悪魔付きとそうでないかの区別もつかないのかしら?」 「何……? お前、いや君は……」 「は、早くお姉様から出てってください! も、元のお姉様に戻して!」  クラウスが何かを言おうとしたが、それを遮るようにトワが叫んだ。  その言葉に、ディゼルの顔から笑みが消えた。 「……元のお姉様? 貴女、何を言ってるのかしら?」 「え?」 「貴女の言う、元の私って何?」  一歩一歩、トワに近付くディゼル。  トワを守ろうと前に出ようとするが、クラウスもリュウガも金縛りにあったかのように体が動かなくなった。  リュウガの目には見えていないが、クラウスには分かる。黒い靄が自分の体に巻き付いていることに。どこかに悪魔がいる。それも自分の予想よりもずっと強い力を持つ悪魔が。 「トワさん! 離れて!」 「で、でも……私の力で悪魔を祓えるのでしょう? あ、悪魔をお姉様から祓わなきゃ……」  クラウスの制止を聞かず、トワもゆっくりと前に進んだ。  真っすぐ自分のことを見つめるトワに、ディゼルは苛立ちを募らせた。本当に何も分かっていない。ディゼルの気持ちなんて一つも理解しないまま、悪魔を祓えと言われたからここにいるだけ。  本気で姉を助けたいなんて、思っていないくせに。ディゼルは目の前に立つトワの頬を撫でながら、嘲笑した。 「ねぇ、トワ。貴女、何のためにここにいるの?」 「そ、それはお姉様を助けるために……」 「どうして? 今まで何もしなかったくせに?」 「っ、だ、だからこそ……私はお姉様に謝りたいと……」 「謝る? 何故?」 「わ、私……私は、お父様やお母様に逆らうことが出来ず、お姉様を助けることが出来ませんでした……結果、お姉様を本当に悪魔にしてしまった……きっとこの力は私の罪を償うためのものだから、だから……!」  涙を流しながら話すトワに、ディゼルは表情を少しも崩さなかった。  何を言ってるんだろう。そんな気持ちでいっぱいだった。 「ねぇ、トワ。私を助けてどうするの?」 「え?」 「さっきも言ったわよね。元のお姉様って、何?」 「そ、それは……」 「分かるわけないわよね。今まで私たちはマトモに口を利いたこともない、顔を合わせることもほとんどなかった」 「わ、わたし……」  ディゼルはトワの頬を両手で掴んだ。  鼻先がくっつきそうなほど顔を近付け、彼女に問い続ける。  段々とトワの顔から血の気が引いていくのが目に見えて分かる。呼吸も浅くなっている。  その様子に、体の動かないクラウスたちが必死に声を荒げた。 「トワさん、動いて! そこから離れるんだ!」 「トワを離せ、悪魔! トワは自分の行いを反省して姉を助けに来たんだぞ!」  外野の耳障りな声に、ディゼルは大きく溜息を吐いた。  トワの言い分だけ聞いて、ディゼルを悪だと決めつける声。  本当に悪は、ディゼルだけなのだろうか。ディゼルが悪に身を委ねた理由も知らずに、どうして勝手なことが言えるのだろう。 「…………トワ。本当に私が悪魔に乗っ取られてると思うの?」 「え……」 「私が自らの意思で動いてるとは思わないの?」 「……そ、れは……」 「私は悪魔に心を乗っ取られていない。貴女が憎くて憎くて、仕方ないのよ。だから私は貴女の邪魔をしたい。貴女を苦しませたい。貴女を絶望に落としたい」  まるで呪詛のように、その言葉はトワの心を蝕んでいく。  悪魔を生み出したのは、そもそも自分だったことを知った彼女は、もう祈る気力すらなかった。
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