第29話 嫌いな人間

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第29話 嫌いな人間

「すみませーん!」  あまりにもこの場に似つかわしくない声に、ディゼルは驚いた。  また客が来たのかと思ったが、こんな大声で呼び出すような人は今までいなかった。じゃあ一体誰なのか。ディゼルは警戒しながらドアを開けた。 「どちら様かしら?」 「こんにちわ! ここに魔女さんがいると聞いて来ました!」  ドアの向こうにいたのは青年だった。  歳はディゼルとそんなに大差ないくらいだろうか。彼は真剣な眼差しでこちらを見ている。  こんな風に訪ねてくる人は初めてだ。ここに来る人は皆、怯えた様子で、コソコソしている。当然だ、人を殺せる薬を買いに来るのだから、彼のように大声を出すなんてしない。 「……貴方、何をしに来たの?」 「ここで薬を売ってると聞いたので来ました!」 「まぁ……そうね、その通りだけど……」  実家を出てからこんな風に動揺したことはない。ディゼルは彼への対応に困っていた。どう相手をするのが正解なのだろう。  しかし噂を聞いてきたのだから客は客。彼にも殺したい相手がいるのだろう。 「……貴方、誰を殺したいの?」 「え?」 「……え?」 「僕は誰かに対してそんな風に思ったりしませんよ!」 「……じゃあ、何で来たの?」 「それは、薬を売ってると聞いたので」  ディゼルは彼の返答に大きく溜息を吐いた。  彼は噂の内容を少し勘違いしているようだ。確かにディゼルは魔女と呼ばれ、薬を渡してる。しかし肝心な薬の効果を彼は知らない。ただ薬をくれる魔女がいるとだけ聞いて、ここを訪れてしまったのだろう。 「残念だけど、ここで売っているのは人を殺せる薬だけよ」 「そ、そんな……僕は妹の病気を治せると思ったのに……」  青年は肩を落とし、目に涙を浮かべた。  このまま相手しても無駄だろう。そう思い、ディゼルは軽く溜息を吐き、扉を閉めようとした。  だが、出来なかった。 「っ!?」 「あの……」  青年に扉を掴まれ、阻止された。  さっきから予想外の行動ばかりしてくる彼に、ディゼルは困惑する。  もしも彼が薬欲しさに暴れても、悪魔が彼を殺してくれるだろう。だから自分の身の危険はないが、ディゼルに不幸を与えるために多少は泳がされる。  どうやって彼を相手にすればいいのか。ディゼルが頭を悩ませていると、青年は涙目で真っ直ぐ見つめてきた。 「人を殺すのは悪いことですよ!」 「……は?」 「そんなことしたら駄目です! 人が死んだら悲しむ人がいます! やめましょう!」 「……そんなこと、私に言わないで薬を求めてくる人に言いなさい」 「でも、元はと言えば貴女がそんな物騒な薬を売ってるからでしょう? それを止めれば人を殺そうなんて考えもなくなりますよ!」  面倒臭い。ディゼルは素直にそう思った。  トワと違い、彼は心からそう思って言ってる。綺麗事や上辺などで話してる訳じゃない。  だからこそ、面倒。こちらの話なんて通用しない。  話せば分かる。誠意を持って謝れば許してくれる。正義が勝つ。そういうタイプの人間。ディゼルが一番嫌いな人間だ。 「……帰りなさい。ここは貴方が来る場所じゃない」 「ちょ、待ってください!」 「……っ」  扉から手を離そうとしない青年に、ディゼルは首元に手を伸ばした。  首筋に爪を立て、苛立ちを露わにする。感情が昂ったせいで顔に痣も浮かび上がる。それを見た青年は、扉から手を離して一歩後ろに足を下げた。 「もう二度とここに来ないで。次は殺すわよ」  そう言って、ディゼルは扉を閉めた。  腹の底から湧き上がる不快感。絶対に相容れない。気持ち悪い。吐き気すらする。  扉の向こうで足音が遠ざかっていく。  それを聞いて少しずつ気持ちが落ち着いていくが、苛立ちが頭にこびり付いて消えない。 「……ククッ。また変なのが出てきたな」 「悪魔様!」  いつものように靄から現れた悪魔が、愉快そうに笑う。  ディゼルは悪魔に抱きつき、深く息を吐いた。 「あの人、嫌いです」 「そうか? アイツ、中々だぞ」 「え?」 「自覚がないからタチが悪いな、あれは」  悪魔が言ってる意味が分からず、ディゼルは首を傾げる。 「アイツ、腹の底にとんでもない化物を飼ってるぞ」 「どういうことですか?」 「あれほど煮えたぎった悪意を抑えているとは恐ろしいものだ。恐らく、あの馬鹿げた正義感が本心を隠しているんだろうな」 「……彼が?」 「ああ。思わず頭から齧りつきたくなったくらいだ」 「まぁ……そんなの、ズルいですわ。悪魔様に食べてもらうのは私ですのに」 「クククッ……そうだな、お前を食べられる日が楽しみだ」  悪魔に頭を撫でられ、ディゼルはさっきまでの苛立ちを忘れて微笑む。  しかし、さっきの青年がそんなものを心の中に抱いてるとは気付かなかった。ディゼルは青年の真っ直ぐな瞳を思い出す。  あの瞳の奥に隠された黒い感情。それはどんな物なのか、少し興味が湧いた。
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