エピローグ

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 その瞬間――、  粉々(こなごな)に壊れて分裂したはずの家族が、まるで十三年間ずっと愛に包まれて暮らしてきたかのような虚構を、一枚の写真の中に焼き付けた。    虚構は、しょせん虚構にすぎない。    それでも、なぜだろう。  杏奈は、そこに一縷(いちる)の希望を見出していた。  ひび割れて、粉々に砕け散り、再起不能にみえるような絶望的な事柄でさえ、時間という接着剤によって、まるで金継(きんつ)ぎのように美しく修復される瞬間がある。    もちろん、以前とは姿形が異なり、傷口は(あら)わになったままだけれど、その傷口は金色に光り輝いて、新たな景色を描き出してくれたりする。  今、杏奈の目の前に広がる景色は、痛々しくも、なんと美しい眺めだろうか。  絶望をくぐりぬけたその先に、甘く(こころよ)い風景が広がることもあるのだ。  十三年ぶりの家族写真は、そのことを如実に教えてくれた。  だとしたら――、    人生は、まんざら捨てたものじゃない。  その事実が、結婚という新たな旅路を踏み出したばかりの若い杏奈を励まし、勇気づけた。  きっとこれから先も、長い人生において、幾多の苦しみや悲しみが繰り返し襲ってくることだろう。  そのたびに、弱くて未成熟な自分は傷つき、翻弄され、時に絶望してしまうかもしれない。  それでも、今日の、この瞬間の気持ちを忘れずにいられれば、少なくとも、本当に大切なものだけは見失わずに済むのではないか。  そんな気がした。  新しく家族となった人々に視線を向ける。  祐次が笑っている。    晃代も微笑している。    晃一も、義輝も、今まで見たことのないような晴れやかな表情を浮かべていた。  ひとり、順二だけが泣いている。  古くさいフィルムカメラを胸に抱きながら、込み上げる思いにこらえきれないようにすすり上げている。  そんな奇蹟のような、金色(こんじき)に輝く景色を眺めながら、   杏奈は――、  樫原家の一員として、新たな人生を力強く歩んでいく決意を固めていた。                                                        (了)
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