ゲルダの日常

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ゲルダの日常

 私が「日本」と言う世界から元の世界に戻り、早3ヶ月が経過していた―。 「ゲルダさーん、早く洗濯物を洗っちゃいましょうよー」 井戸の側でアネットが私を呼んでいる。 「はーい、今行くわ」 厨房に立ってウィンターと一緒に料理の下ごしらえをしていた私は窓から顔を出して、井戸の側に立っているアネットに返事をした。 「それじゃウィンター。後はお願いね」 「はい!ゲルダ様っ!行ってらっしゃいませ」 ウィンターがニコニコしながら返事をする。 ううぅ…怖いわ…。 私は彼が苦手だ。大きい身体だし、体つきもゴツい。声は大きいし、性格は荒々しい。それに第一私はノイマン家で散々虐められてきたのだから、出来れば関わりたくは無い相手なのに、何故美穂さんは彼をこの屋敷に招き入れたのだろう? 「どうしたんです?ゲルダ様。涙目になってますぜ?ひょっとして玉ねぎでも目に染みましたか?」 ウィンターの手が私に伸びてくる。 いやぁぁっ!怖いっ! 「い、いいえっ!な、何でも無いわ!」 思わず数歩後ずさる。 「う〜ん…本当にゲルダ様はすっかり性格が以前のゲルダ様に戻ってしまいましたねぇ…こうなってくると魂の入れ替わりとやらを信じざるを得ませんね」 ウィンターが腕組みしながら言う。 「え、ええ。そうよ!だ、だから…私に過剰な期待はしないで下さいっ!」 それだけ言うと私は逃げるように厨房を飛び出した―。 **** 「それにしても本当にこの世界の洗濯は骨が折れるわ…」 アネットと2人で井戸の側で大きなタライの中でゴシゴシ洗濯を洗いながら私は言った。 「あ、それ『日本』の話ですよね?あの世界は文明が進んで本当に便利な世界だったんですよね?」 アネットが気さくに話しかけてくる。まさかノイマン家で暮らしていた時は彼女がこんなに気さくな性格だとは思わなかった。おまけに瑠美さんによく似ているのだから親近感も湧いてくる。 「ええ。そうなのよ。あの世界では『電気』と言うものがあって、なんでもボタンを押せば簡単に出来てしまうのよ?洗濯機は本当に便利だったわ。洗剤を入れてスイッチポンなんだもの。冷蔵庫も良かったわ〜。でも一番便利だと思ったのは電子レンジと呼ばれるものなの。冷たくなってしまったお料理を温め直せるのだから凄いと思わない?」 日本で暮らした話になると、たちまち私は饒舌になる。本当にあの世界は便利な物で溢れていたっけ…。 「そうですか、いつかこの世界もそんな便利な世の中になるといいですね?」 「ええ、私もそう思うわ」 そして私とアネットは再び洗濯に精を出した―。 ****  洗濯を干し終えた頃に、ハンスさんとクリフさんが午前の郵便物の配達を終えて帰宅してきた。 「ただいま戻りましたー」 「今日は午前だけでも配達物が多くて大変でしたよ」 「ご苦労様でした。それじゃ、お茶を入れますね」 アネットがハンスさんとクリフさんに声を掛けた。 「はい」 「ありがとうございます」 2人は嬉しそうに返事をするとアネットの後に続いて屋敷の中へと入っていく。私はそんな2人の後ろ姿を見送りながら、ハンスとクリフさんの話を思い出していた。 皆の話によると、本当は郵便配達人の仲間でケンと言う青年もいたらしい。けれども3ヶ月前に突如この世界に戻ってきたと私と同時に彼の姿は忽然と消えてしまったそうだ。しかも気づけば姿が消えていたらしい。 けれど、私は彼の事を知っている。だって日本で既に彼に会っていたから。どういう方法を使ったのかは分からないけれど、私は彼のお陰でこの世界に戻ってこれて…彼自身も私が戻ってこれたと同時にこの世界から存在が消えてしまった。きっと今は日本で元気に暮らしていると思う。 「う〜ん…」 私は思い切り、伸びをすると厨房へと戻って行った。シェアハウスの皆に食べてもらうパンを焼く為に―。 ****    午後6時― 「ただいま」 厨房で皆で食事の準備をしているとルイスさんが帰宅してきた。 「お帰りなさいっ!あなたっ!」 アネットが嬉しそうにルイスさんにとびつく。 「ただいま、アネット」 ルイスさんがアネットの頭を撫でながら言う。 「全く、いくら新婚だからって俺たちの目の前でいちゃつかないでもらいたいよな」 ウィンターが口を尖らせると、ブランカが言った。 「新婚夫婦に水を指すような事言うもんじゃないでしょう?」 「は、はい!すみませんっ!」 ブランカの言葉にウィンターは即座に謝る。どうやらウィンターは気の強い女性に弱いみたいだけど…この2人は最近妙に仲が良くなっている気がする。ひょっとすると、ひょっとするのでは…?なんて私は密かに考えている。 その時、ジャンが厨房に現れた。 「ゲルダ様、今夜のお客様が到着しましたよ。今、ジェフがお客様をお部屋に案内しています」 「あ、そうだったわね。今日は何人のお客様が宿泊予定だったかしら?」 「はい、3人の親子連れと老夫婦の合計5名です」 「ありがとう、それじゃ後でお部屋にご挨拶に行ってくるわ」 「はい、では俺もお客様の所へ行ってきますので」 そしてジャンは厨房を出ていった。 実は今、この屋敷はシェアハウス兼宿屋を経営している。モンド伯爵邸は歴史的建造物で有名らしい。なのでシェアハウス以外に宿屋を初めてはどうだろうかと提案してくれたのがジョシュアさんなのだ。 そしてそのジョシュアさんは…。 「ただいまー」 エントランスでジョシュアさんの声が響いた。 「あ!ジョシュアさんだわっ!」 思わず笑みが溢れる。 「いいですよ、ゲルダ様。迎えに行ってきて下さい」 ブランカが声を掛けてきた。 「え、ええ。行ってくるわ」 そして私はエントランスへ小走りで向かった。 「ジョシュアさんっ!お帰りなさいっ!」 エントランスへ迎えに行くと、ちょうどジョシュアさんが扉を閉めたところだった。 「ああ、ただいま」 そして私とジョシュアさんはエントランスで抱き合って、キスをした。 そう、だって私とジョシュアさんも…今月結婚したばかりの新婚夫婦なのだから。 きっと私の中にはまだ前世の記憶の小林美穂さんが残っていたのかもしれない。 だって、私はジョシュアさんが愛しくて愛しくてたまらないから。 ありがとう、前世の私。 貴女のお陰で私は今、毎日がとても充実で幸せな日々を過ごせています―。 <終>
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