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🐈
麦のその傷に気が付いたのは、麦が部屋に居ついてまだそう時間が経っていない頃だった。普段、麦は琴子の前で着替えることは絶対にしない。その時はたまたま、麦が脱衣所に居るのに気づかずに琴子がドアを開けてしまったのだった。
「うわ、ごめん!気が付かなかった!」
驚いてバタン、とドアを閉めたけれど、麦の背中についた無数の傷が、目の奥に残像として焼き付いた。それがどうしてついた傷なのか、琴子は尋ねなかった。麦も、何も言わなかった。それでも、絶対に過去を語ろうとしない麦の頑なさや、道を行く家族を見つめる時の麦の眼差しの険しさを思い出して、琴子の脳裏にはいくつかの憶測がよぎった。それらは決して幸せなものとは言い難かったから、琴子はそっと心の奥の箱にそれらを封じ込めた。正直に言えば、今の琴子は自分のことで手一杯で、麦の分までの荷物を背負ってあげることは出来ない。琴子は琴子の、麦は麦の面倒をそれぞれ自分で見るしかないのだ。
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