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牛乳が切れていた。
それだけのことで、とてつもない憂鬱に襲われて琴子は床に座り込んだ。喉の奥から、うう、ともぐう、ともつかない声を絞り出す。
無いなら無いで買いに行けばいい。別に牛乳を毎日飲んでいる訳でも無いので、たまたま今日それが冷蔵庫になかったからと言って絶望するほどのことでもない。そんなこと分かってる、と頭の中の自分が言う。そもそもそんな理屈で自分の感情がコントロールできるくらいなら、私はみんなが働いている平日の午前中に、自分の部屋の冷蔵庫の前でへたり込んでいたりしない筈だ、と。
まるで暑さにとけたバターのようにでろんとしている琴子の後ろで、丁度シャワーから出てきた麦が「どうしたの?」と面白そうに声をかけた。
「琴子ちゃん、なんでそんなにぐでんとしてんの?」
「なんか、いやになっちゃって。色んなことが」
「色んなこと」
「そう。色んなことが」
「でも、一応そろそろ夏が始まるけど?」
琴子はきょとんとして麦を見上げた。物事がいやになるかどうかの判断に、季節は関係あるだろうか。琴子の疑問に答えるように、麦が続けた。
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