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人減らし。
かつての頭が、そう呼んだ祭りがある。
覇権や領土をめぐる争いが大きくなり、戦になっていく例は、どこの国でもある。
縄張り争いは、生き物の本能だ。
だが、その時の頭カスミは鼻で笑った。
「人間の最も高い能力は、本能を抑える力のはずなのだが、それと背中合わせにある能力が、厄介なのだ」
それが、屁理屈をこねる能力、なのだと言うから、人間はろくでもない生き物だと分かる。
人同士で争うのは、人情を考えると躊躇うが、欲に飲まれた者はうまい言い訳を声高に唱え、人々を取り込んでいく。
「まあ、我々も、似たような言い訳を元に、人を集めてしまったのだが」
正確には、拾った者が居つき始めたと言った方がいいが、カスミがそう前置きして切り出したのが、人減らしという祭りだった。
「押し込み先を探すにも、限度があるからな。多くなった仲間に、息抜きも兼ねて暴れて貰わんとな」
そんな言い訳をして、カスミはその息抜き先を戦場に指定した。
出来るだけ大きな戦の中で争う陣営に、仲間を分けて送り込み、互いに殺し合わせる。
仲間は鬱憤を晴らせ、大幅に人数を減らせる、一石二鳥の祭りだった。
それを始めた頃からいるロンとメルは、その祭りに紛れて危うい存在になりそうな仲間の息の根を、しっかりと止めて来るのが、習いとなっていた。
カスミの思惑を引き継いだ二人は、この時もそれとなくこの祭りを切り出したのだが、それが群れの解体に至るとは、思いもしなかった。
その祭りで、ジュリとジュラが逝った。
寿命が近いと感じていた二人は、それぞれ思い描いた死にざまをして、思い残すことはなかっただろう。
だが、後に残った者たちは、そうはいかなかった。
ジュラの死に立ち会った男は、その遺体を守りながら戻る途中襲撃を受け、左腕を損傷した。
ジュリの死に立ち会った若者は怒り狂い、その死を招いた者達と、自分に不満を持つ仲間たちを抹殺した。
当代の頭であった若者は、怒りを治めた後群れの解散を告げたのだった。
その一月後、それは起こった。
戦の場から引き返し、日本の南部の田舎に身を潜め、ジュラジュリ兄妹を荼毘にふして、ようやく落ち着いた頃だ。
生き残った仲間たちは、殆どがこの国の者ではない。
若者の落ち着けそうな所がこの田舎の寺なのだが、この頃の日本はまだまだ容姿の違いに目くじらを立てる傾向があった。
若者一人が髪色を誤魔化している分には目立たないが、それを大勢でやってしまっては、怪しい集団と丸わかりだ。
よって、若者により崇信した仲間たちは、断腸の思いでその場から距離を取った。
いつか、傍に戻って仕えられる時は、必ず舞い戻ると心に決めて。
兄妹の二人と、他の者たちの葬儀を終え、仲間たちも去り、若者の周囲にいる者たちも、落ち着き始めた一月後、突然変調をきたした者がいた。
若者の兄貴分で、カスミの息子であるエンが、料理の最中包丁を利き手から取り落としたのだ。
野菜を切っている最中に取り落とすのも珍しいが、その後拾おうとした手が、固まったまま動かなくなってしまい、本人も呆然とした。
表面上、利き手の左手は負傷から立ち直って見えるのだが、改めてその怪我の具合を見たロンは、眉を寄せて尋ねた。
「……エンちゃん、一体、何をしてこんな事になったの?」
当時はそんな場合ではなく、怪我の手当だけをしてもらったのだが、エン本人もそれでいいと感じていた。
あんなことをしでかした割に、そう重い怪我ではなかったと、安堵していた位だったのだが……。
「だから、何をしたんだ?」
初めてその怪我の具合を見た雅が、優しい笑顔を浮かべてやんわりと尋ねた。
「……銃口に、手を突っ込みました」
「何の?」
唖然としたメルの隣で、雅は全く変わらない声音で重ねて問う。
その、いつもと変わらない笑顔がとても怖く、エンはつい首を竦めてしまいながらも、静かに答えた。
「近くで発砲しかかっていた、大砲、です」
「……」
「お前……いつから、そんな馬鹿になったんだっっ」
ごもっともだ。
あの時は、必死だったのだ。
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