攻め攻めラプソディ

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攻め攻めラプソディ

 榎光一(えのきこういち)は有名百貨店の警備員だ。夜から昼までのシフトで、もう五年ほどここに勤務している。初めはアルバイトだったが、正社員試験を受け、雇用された。180センチ過ぎの身長で、警備会社の制服に身を包んだ榎は、背筋を伸ばし、毎朝七時には、百貨店の搬入入り口に立っていた。  搬入口は通勤中の人たちが行き交う歩道の奥だ。トラックが出入りするたびに、事故が起きないように誘導する。基本的には歩行者を優先させるが、タイミング悪く歩行者の足を止めてしまった時は、トラックが入ったのちに、頭を下げ歩行者を安全に導く。  トラックが入ってこない時間帯でも緊張感を抜かずに立っている。通学中の小学生たちはもう顔馴染みで『おはよーございます!』の大きな声に『おはようございます』と腰をかがめてハイタッチをする。  毎日同じことの繰り返し。それでも榎は満足していた。  今日も朝日が眩しい。時計を見ると、午前八時過ぎ。そろそろ次のトラックが来る時間だ。榎が時計から目を離し前方を見ていると、青い車体のトラックがウインカーをつけて曲がってきた。 (来た)  トラックは少し搬入口を過ぎ、バックで搬入口に入る。歩行者がいないことを確認しながら、榎が誘導するとトラックの運転手の窓からヒョイとドライバーが顔を出す。赤い短髪に、ピアス。肌は褐色だ。少しやんちゃそうに見える彼は、榎の誘導に従いトラックをバックさせて停車する。そしてエンジンを止め、その顔を榎に向けた。 「おはよ! 榎さん」  笑顔で挨拶してくるドライバーに、榎は自然と笑顔になる。 「おはようございます、新名さん」  榎と新名靖(にいなやすし)はもう一年くらい、こうして毎朝挨拶をしている。新名が勤務している運送会社は昔からこの百貨店と契約しており、以前は年配のドライバーだったが、配置換えとなり新名が担当する様になった。  担当となった翌日から、大きな声で挨拶してきたので、当初榎は面食らった。他の運送会社のドライバーとも、朝挨拶はしているが、ここまで元気に挨拶をしてくるドライバーは他にはいない。そして、新名はいつのまにか榎の名前を呼んでいた。どうやら胸のネームプレートを見たようで、それもまた榎にとっては初めてのことだった。 『朝は大きな声出したほうが、やる気になるっしょ!名前も知った方が、仲良くなれるし!』  そう言いながら見せる笑顔。榎はいつの間にか毎朝の新名との挨拶が楽しみになっていた。  搬入口から荷物を運び入れて、配送を終えた新名はトラックに戻り、運転席に入る前に電子タバコを咥えながら、首にかけていたタオルで顔の汗を拭う。真夏を超えたとはいえ、まだまだ厳しい暑さ。特に今朝は朝から真夏日の気温になっていた。 「新名さん、これどうぞ」  榎は新名の横に来て、さっき自販機で買ったペットボトルのお茶を新名に手渡した。すると新名は嬉しそうに笑いそれを受け取る。 「ありがとうございます! めっちゃ助かるー!」  早速、蓋を開けてお茶をグビグビ飲む新名。榎はその新名の喉仏をジッと見ている。 「榎さんホント、神様!」 「随分安い神様ですね」  榎がそう言うと、新名は声を上げて笑った。  夕方、榎はいつも行く定食屋へと向かった。榎の住んでいるマンションは百貨店に近い。街中にあるため食事には困らないのだが、榎はあまり冒険したくない慎重な性格なので、いつも同じところだ。扉を開け、自販機で食券を買う。 (今日は野菜炒めにするか)  榎はどちらかというと少食だ。そのため、見た目が男性にしては華奢である。職場の制服で体型は少し隠されているものの、こうして私服になると貧相な体が丸見えだ。それがまたコンプレックスで制服のあるこの仕事を選んだのもあった。  食券を手にして、カウンターに出す。しばらくしてカウンターから胡麻油の香りが効いた野菜炒め定食が差し出され、それをトレイに入れてテーブルを探す。  その時ふと目にした一人の青年。赤い短髪の青年は今朝会った新名だ。この店で会うのは初めて、というよりも、プライベートな時間で会うのはこれが初めてだ。新名の隣は空席で、きっと一人なんだろう、と榎は考えてその肩を叩いた。 「新名さん」  カレーを食べていた新名は、肩を叩かれて上を向く。榎と目があっても不思議そうな顔をしている。帽子に制服ではない榎が誰か分からないようだ。それに気づいた榎は苦笑いする。 「すみません、榎です」  それを聞いて、新名はホッとしたような顔をして笑った。 「全然、気が付きませんでした! 私服姿だとかなりイメージ変わるっすね! 立ってないで隣どうぞ」 「あ、どうも」  挨拶した後は別の場所に行こうとしていた榎。少し戸惑いながらも隣の席に座った。カレーの香りがして、自分もカレーにすればよかったなと思いながら割り箸を割る。 「いつもここに来るんすか?」  カレーを食べながら、新名が聞いてくる。 「家が近いので、よく来ます。新名さんは?」 「オレは初めて。朝、榎さんのとこ行ったら基本こっち方面の配送はないけど、今日はたまたま最終の荷物が近くだったんで。腹減ったし、食って帰ろかなって。明日は休みだし」 「長い時間配達してるんですね」 「今日、同僚が休んだんで急遽ですよ」  大きな口を開けてカレーをパクリと口に入れる。その食べっぷりが若いなあと苦笑いしながら、榎は野菜炒めを口にした。  食べながら二人他愛もない話をする。毎朝挨拶をしたり、少し世間話をすることはあったがこんなにゆっくり話をするのは初めてだった。  二人の歳の差は八歳で、新名は隣の市に住んでいる。一人暮らしをしていて休日もドライブに行くほど、運転と車が好きで愛車は人気のあるアールブイ車。友人たちとワイワイ行く時もあれば、一人で当てもなく車を走らせることもあるらしい。ちなみに彼女はいない。榎が自分もいないと言うと、新名が驚いた顔をした。 「榎さんも、彼女いないんですか。落ち着いてるから、奥さんいるのかと」 「落ち着いて見えるのは、制服のせいだよ。でもよく既婚者に間違えられるな」  三十二歳という年齢からしても、既婚者に間違えられるのは仕方のないことだが、榎には『彼女』が出来たことはない。友人にすら打ち上げていないが、中学生以来ずっと同性に目がいくのだ。今は昔に比べて、同性愛者が市民権を得ているが榎はカミングアウトする勇気がなく、一生誰にも言わないように心がけていた。唯一、大人になって楽になったのはゲイバーの存在だ。遠い街にあるゲイバーに月二、三回行き気が合う相手を見つけては、性欲を満たしていた。 (まさか俺がゲイだなんて思わないだろうな)  目の前の新名は、実はまさに榎がゲイバーで探す相手の『基準』そのものだ。逞しい腕、褐色の肌。うなじにうっすら流れてる汗、笑うと眩しいほど輝く笑顔。毎朝、挨拶と言葉を交わすのが榎にとっては何よりも嬉しいのだ。短い時間ではあるか、新名の顔を見れるのが嬉しい。  ただ、新名に惚れているのかと聞かれたら榎は首を傾げるだろう。惚れるにしては、あまりにも彼を知らなすぎる。 「彼女いなくて安心した」  ポロっと新名の言った言葉に、榎は反応するがすぐに思い直した。 (きっと自分もいないから仲間だ、と思ったんだ。落ち着け)  食べ終わった定食の皿をテーブルの端によけて、お茶を啜る。するて新名が立ち上がり、その皿をトレーごと持ち上げた。 「返却口、持っていくね」  水の入ったグラスはテーブルに置いたまま、新名は返却口に向かった。グラスを置いているということは、もう少し話をしてくれるのだろうか。榎は安堵しながらも苦笑いした。まだ話してくれるのが嬉しいなんて、少女漫画のヒロインか、と自分自身にツッコミを入れる。  戻ってきた新名と、また話をしていく。今度は榎のことをいろいろ聞いてきた。新名と同じく一人暮らしで、休みの日には郊外の銭湯に行って、体を休めるのが楽しみだ(ここで新名は『おっさんくさい』と大笑いしていた)ほぼ無趣味に近い榎だが、たまにふらっと本屋に立ち寄り小説を漁るのが楽しみだ。 「へー。オレ全然単行本、読んでないなぁ。榎さん、メガネ掛けてるし賢そうだもんな」  だんだんと口調が砕けてくる新名。それが気を許してくれている証だと思うと、榎は少し嬉しくなる。 「賢くはないよ」 「オレより絶対賢いよ! 制服姿もカッコいいし」 「はは、新名さん制服に憧れる人?」  榎が笑うと新名はポツリと呟く。 「憧れ……というか性癖」  その言葉に、榎がギョッとする。新名はすぐにしまった、と言いながら口を手で覆う。 「性癖?」 「あ、聞こえちゃった?」  頭を掻きながら、今までと違いモゴモゴとした小さな声で新名は言う。 「制服、大好きなんだよね、自分が着たい訳じゃなくて……見る方。オレ、ゲイだから」  それを聞いて榎は目を見開いて新名を凝視した。思ってもみなかった言葉に混乱してしまう。榎の視線に気づいた新名はごめん、と謝ってきた。 「あーあ、榎さんに言う予定なかったのに。気持ち悪かったらごめんね」  はにかんで笑う新名だが昔気持ち悪い、と言われたことがあったのだろうか、少しだけ寂しそうな顔をしていた。榎はそんな新名の手を思い切り掴んだ。 「気持ち悪くないよ、だって俺も同じだから」 *** (だからって、この状況はどうよ)  シャワーの音を聞きながら、ベットに腰掛けて榎は頭を抱えている。シャワーをしているのは、新名だ。  ゲイだと言った新名の手を取り、自分もそうなんだと言った時。新名もまた驚き、二人で笑いあった。お互い、ゲイだとバレたら引かれるだろうな、と考えていたとは。  定食屋の壁に飾ってあった時計を見ると長居し過ぎていて、さすがにこれ以上は店にいられないと、店を出た二人。見上げた夜空には星が瞬いていた。 「もっと話したかったけど、榎さん明日仕事でしょ?名残惜しいけど解散かな」 「……ちょうど今日と明日、休みなんだ」  榎の言う『ちょうど』は本当は『ちょうど』ではなかった。毎回、勤務のシフトを決める時、榎は新名が朝来ない水曜日に合わせて休みを取っていた。他に用事がなく、いつ休んでもいい榎はどうせなら、と新名の出勤に合わせていたのだ。今日が休みだったのは先日の休日出勤の振替だった。 「そうなんだ」  その時、視線が絡みついて、お互いが何を思っているのか、この先どうしたいか、本能的に分かってしまった。それでも少し躊躇した榎の腕を、今度は新名が掴んだ。 「……じゃあ、もう少し一緒に」  その掴まれた手を離すことができず、榎は先に行く新名の背中を見ていた。大股で歩く新名の目指す方向にあるのは、この街中にあるラブホテル街だった。  その中の一つに入り部屋を選んで、室内に入る。少し年季の入った部屋で、何故かプラネタリウムのように天井に星空が映し出されていた。 「こりゃ随分前の内装だなあ」 「今時あるんだな、こんなの」  二人はムードも何もなく、新名が汗かいているから先にシャワーする、と言い浴槽へ向かった。そして榎はベッドで腰掛けて待っているうちに、どんどん正気に戻ってきたのだ。毎朝会って挨拶するだけの仲なのに、いきなりこれは、まずいんじゃないか、と。 (そりゃゲイだって聞いてすごい嬉しかったけど)  気に入っていた男が、自分と同じ同性愛者だったなんて本当にラッキーだ。だからと言って、何もかもをすっ飛ばしてラブホに一緒に入ってしまうなんて。そして何より肝心なことを、忘れていた。 (どっちなんだ?)  ラブホに入る前に『タチ』なのか『ネコ』なのかを聞くタイミングもなかった。見た感じ、新名は『タチ』にも『ネコ』にも見える。それだけに、もしかして『タチ』だったら、まずいのだ。  何故なら、榎も『タチ』だから。『タチ』同士だったら、どうにもならない。榎は今まで一度も抱かれたことがないし、抱いてもらいたいと思ったことなどないのだ。自分が突っ込まれる想像をしただけでも……痛そうで、怖い(自分はやっているくせに)どうか新名が『ネコ』でありますように、と榎は祈りながらシャツを脱いだ。  新名と交代して榎がシャワーしている時、新名もまた同じようにどっちなんだろう、とベッドの上で考えていた。自販機で買ったコーヒーを飲みながら、シャワーの音を聞いていた。十分もしないうちにその音が止まった時、小さく新名はため息をついた。 「んー、榎さん、もしかして一緒かなあ」  みんながみんな、そうするわけではないが、大抵今まで寝てきた『ネコ』たちはシャワーの時に『準備』をする。十分くらいではシャワーを終えないのだ。新名はいつも待つ方。つまり新名もまた『タチ』なのだ。  榎がシャワーを終えてベッドに腰掛ける。バスローブの二人はしばらく何も話さなくて、気まずい時間が流れていく。 (ビール買ってくればよかったかな)  そうしたらアルコールの力ですすめるのに、と榎が思っていると新名が手に持っていたコーヒーをテーブルに置き、榎の方を向く。 「榎さん、聞いてなかったけど、どっち?」 「あ……『タチ』のほう」 「やっぱり」  その新名の言葉で榎もピンときた。『タチ』同士がラブホのベッドで固まっている。 (やらかした……) 「新名くん、やっぱやめとく? 『タチ』同士じゃ、出来ないしそもそも」 「大丈夫ッス」 「は?」  トン、と新名が榎の肩を押すと、体に力が入っていなかった榎の体はベッドに沈み込んだ。榎はあっという間に新名に組み敷かれた形になる。 「ちょ、新名くん、俺無理だって」 「挿れなきゃ、いいよね」  榎が見上げると赤くなった頬と、少しだけ潤んだ瞳の新名がいた。そしてチラッと見ると…… (勃ってる)  まだ触れてもないのに、と思いながらああ、と榎はピンときた。新名はまだまだ若い。ここまできてやめるとか、無理なんだろう、と。  新名の顔が近づいてきて、うなじにキスしてくる。そのまま舌を這わせて耳たぶを舐めてきた。そして再び目が合って、どちらからとなく唇を重ねた。  年齢の割には、新名の愛撫はなかなかのもので、榎は内心驚いていた。榎もいつも相手を攻めるが果たしてここまで気持ちよく出来てるだろうかと思うほどだ。  ねっとりと胸元に舌を這わせながら、ゴツゴツした掌で榎自身を扱いていく。先端を指先でグリグリと擦ってみたり、根本を強く握ったり。手で弄び、舌で上半身を舐めていく。乳首に到達したとき、あまりのくすぐったさについ榎は笑ってしまう。 「うわ、くすぐったい!やめろってば」  思わず新名の顔を手で押し上げると、舌を出したままの新名はまるで仔犬のようだ。 「どうして?榎さんも攻めるでしょ?ここ」 「攻めるけど、ふっ」  顔をまた埋め執拗に舐めていくと、くすぐったいと訴えていた榎の様子が変わってきた。 「ん……っ、んんっ」  ピンと勃っている乳首。新名が少し噛むと、榎の体がビクッと揺れた。 「榎さん、感じてきたんだ。嬉しいな」  甘くなっていく声に、嬉しそうに笑う新名は、そのまま舌を這わせ、臍のあたりからさらに下にすすんでいく。 「ひぁっ!」  そしてさっきまで手で扱いていた榎自身を口に入れたので、榎は思わず声を出す。 「あっ、ンンッ……ちょっと、待って」  今までフェラなんて、何度もされたことがあるのに。膨張したそれをキツく吸ってみたり、裏に表に、舐ってみたり。それも今までに何度もされたし、してきたのに。何故新名のはこんなに気持ちいいのだろうか、と天井を仰ぎ見ながら榎は考える。 「榎さん、体の割には大きいね、口に入り切らないよ」 「ばっ……あっ! やっ……な、にっ……」  突然、後ろの孔に触れるものを感じて、榎は体を揺らす。新名が榎の後ろに触れてきたのだ。 「ごめん、我慢できない」 「できないじゃないって、俺無理だってば! おまえも『タチ』なら分かるだろ!」  必死の訴えに、新名は手を止めて榎の体から離れた。ホッとした気持ちと、中途半端なとこで止められた榎。ベッドから離れて、背中を向けてゴソゴソしはじめる。榎は不安になり声をかけた。 「新名くん」  突然、背を向けていた新名が振り返る。そしてその手には小さなペットボトルのようなものが。それは見覚えのあるもので…… 「これで、解したらいいよね」  新名が持っていたのは、ローションだ。きっと、今の間に後ろにある『大人のおもちゃ』の自販機から購入したのだろう。それを見て榎はまた抗議の声をあげる。 「よ、よくないってばあ!」  抗っても抗っても、新名の腕からは逃げれなかった。ローションをたっぷりつけて、新名は後ろを解していく。逃げようとする榎に馬乗りになった状態の新名は、ゆっくりゆっくりとその今まで解したことがないところに触れる。そして時々、前も弄ってローションまみれになって行く。 「んあ……、やめろって、おいッ……!」  前と後ろを交互にいじられて、榎の力がどんどん抜けていくのをいいことに、新名か指を増やしていく。 「榎さん、もう、三本入ってるから、大丈夫でしょ」  グチュグチュと卑猥な音が榎の思考回路を止める。ローションの滑りなのか、前の榎自身から溢れた先走りなのか。それとも後ろが解れてきた証拠なのか。もう榎の体はぐちょぐちょだ。 「はあ、あ……、んんっ……」  榎は無意識に腰を動かす。まるで早く挿れてくれと、言わんばかりに。それに気がついた新名は生唾を飲み込んだ。 「も、限界、榎さん」  ヌルヌルになったその入り口に、自身の大きく勃起したものを充てがう。すると、榎が気がついた。だがもう新名は余裕もなく、一気にその中に自分のそれをズブブと挿れていった。 「ぐ……! あ……、ああっ、痛えッ」 「頑張って、榎さ、ん」  どんだけ解しても初体験のそこは男をなかなか受け入れようとしない。体が裂けそうな圧迫感に、榎の顔がゆがむ。 「動かないで……、頼むから……、あアッ」 「ごめん榎さん」  苦痛に歪む榎の顔。それでも新名は動きを止めない。ゆっくりと腰を動かしながら、榎の耳たぶを舐めた。 「いッ……、んん……ッ」  それでも時間が経つにつれて榎の顔が、緩んできた。新名が腰を振っている間に、だんだんと甘い声が聞こえるようになってきたのだ。 「気持ちよくなってきた?」 「何いって……、んああっ!」  どうやら榎の『いいところ』を見つけてしまったようで、一段と声が大きくなる。 「ああッ、だめ……、そこ……ッ」 「どうして? 榎さんがいつも、『ネコ』に気持ちよくしてあげてるとこでしょ…ッ」  パンパン、と尻に打ち付ける音と、榎の甘い声がシンクロしていく。もうとっくに榎は痛みなんて感じていなくて、完全に『ネコ』になっている。 「あ……ああっ、あっ、いい……ッ」 「気持ちいい、ね、榎さん、もうおれ、出そう……」  眉間にしわを寄せて腰を振る新名に、榎は途切れ途切れに答えた。 「……も、出せ……、俺も限界ッ……」  その言葉に、新名は榎の腰を強く掴んで、大きく突き刺した。 「んんッ、あああッ!」  白濁したそれが勢いよく放出され、二人はベッドに倒れ込んだ。 「ごめんなさい」  ベッドのうえで裸で正座になり、新名が頭を下げていた。榎はうつ伏せになったまま腰をさする。 「どうしても止められなくて! 怒ってるよね……」  しゅん、とした声。それを聞いてゆっくりと榎は体を起こし、新名の横に座る。 「止めれないのは、分かる。そりゃ焦ったし痛かったけど……あまり気にしなくても」  気持ちよかったし、と付け加えようとしたとき、いきなり手を握られて榎は驚いた。 「榎さん! オレに挿れてッ!」 「はあ?」 「だってフェアじゃないし! 榎さん挿れる気だったんだろ? だからオレの尻、使って!」  そう言いながら、新名は榎に抱きついてきた。 (律儀なのか?)  セックス中は強引なくせに、それ以外の時は本当に犬のようだ、と榎は笑いそうになった。俯いた顔も可愛らしくて、榎はその唇にキスをする。 「じゃあ、これ元気にさせて?」  榎は新名に握られていた手を自分の股間に当てる。すると新名はホッとしたような顔で笑った。 「ん……ふぅ……っ」  どちらの声なのかもう分からない。新名が榎のモノを咥え、その足もとで榎が新名のモノを咥える。いわいるシックスナインの形だ。さっきイッてしまったばかりなのに二人ともすぐにまた大きく固くなっていく。 膨張して血管が浮き上がったソレをキャンディーを舐めるかのように刺激を与える。『タチ』同士とあってか、お互い攻めることには長けているので、気持ちよくて、復活も早かった。 (本当に挿れても大丈夫かな)  新名のナカを貫きたい、と榎は思いつつも、さっきの自分の醜態を思い出すと、新名がいま、どれだけ恐怖を感じているか分かる。そっと舌で後ろの孔を突くと、異常なまでに体が震えて、新名は思わず榎のソレから口を離した。 「あ……、ごめ……」  真っ赤になった新名が榎の方を向く。その顔をみて、榎は顔を離した。 「新名くん、やっぱ挿れるの、やめよ」 「えっ」 「だって怖いでしょ? そんな顔してたら、さすがに躊躇するよ」  緊張して強ばった顔になっていた新名。本人は大丈夫とは言っていたが、やはりかなり怖いのだろう。 「でも、オレさっき挿れたし!」  確かにほぼ無理矢理、新名は挿れてきた。榎は拒絶していたのに。しかし、だからといって『じゃあ逆に挿れてやる』というのはなんだか、違う。 「いいから。ここは年上の言うこと、聞いて」  そう言うと、榎は再び新名のソレを咥えた。 「ンンッ……! あ……、えのきさ、ん……」  先端を舌で舐めまわし、手で棒と袋をそれぞれ刺激する。唾液と苦い汁でヌラヌラになったソレは、もう頂点間近だ。 「きもち、イイ……っ、あっ、やば、でるっ」  今一度強く扱いていくと、新名の口からは唾液が落ちる。首をふりながら何度もイク、と宣言しながら。 「ホント、もうでるから……あ……ッ! ああっ!」 体を大きくのけぞり、新名の精はたくさんシーツに飛び散っていった。 *** (今日もいい天気だな)  朝日が降り注ぐ街の様子を、いつもの場所から眺める榎。ハイタッチしてくる小学生、時計を見ながらセカセカと歩いていくサラリーマン。いつもの風景があった。時計を見るといつもの時間。青い車体のトラックがウインカーを出しながらこちらにくる。 (来た)  窓から顔を出してきたのは、新名だ。 「おはようっす」  そう声は掛けるものの、下を向いて榎と目を合わそうとしない。 「おはようございます」  榎も、そんな新名に最低限の挨拶と、車の誘導だけを行う。誘導を終えると、新名は榎に何も言わず、荷物を搬入しに行く。そして、配達を終えた後の世間話も、あの日から全くなくなってしまった。  お互いの名前を呼ぶこともなく、さっさとトラックは仕事を終えて出発していく。榎はそのトラックを見ながら、小さくため息をついた。  結局、あのあと二人は気まずい空気の中で体を洗い、そそくさと別れた。それ以来もう二週間、新名とはこんな状態だ。お互い目を合わさず、今や他のドライバーよりも素っ気なくなってしまった関係。 (こんなことなら、ヤるんじゃなかったな)  毎朝の楽しみだった新名との会話。あの笑顔ももう見れないのだろうか。あの時、何でホテルに行ってしまったのだろうか、と考える程嫌気がさしてくる。  もしあの時、どちらかが『ネコ』だったら、そのまま甘い時間を過ごして、その後の関係も良好だったのかもしれない。『タチ』同士だからって、遠慮したり意地を張ったり……。 (『タチ』同士のカップルはどうしてるんだろ) 爽やかな朝、榎は考えながらトラックが消えて行った方向を、当分見ていた。  一方で新名はトラックの中で落ち込んでいた。  『ネコ』になりきれなかった新名は、『ネコ』にしてしまった榎に引け目を感じ、あれ以来、 まともに顔が見れないのだ。  本当は、以前から榎に憧れていた。挨拶や世間話をしているうちに、自分の気持ちが分かっていたが、きっと叶えられないんだと、諦めていたのだ。 『き、気持ち悪くないっ、だって俺も同じだから』  あの時、榎がそう言ったのを聞いて、新名の中で何かが弾け飛んだ。これなら、榎と付き合えるかもしれない、なら、いいチャンスだと新名は思い、喜んだはずなのに。  二週間、挨拶だけでやりきれない朝を過ごして、もう限界だった。ハンドルを強く握りしめて、新名は唇を噛む。  翌朝、その日は雨が降っていた。雨の日は視界が悪く、通行人たちも雨に気を取られて、搬入口に入ってくるトラックに気付きにくい。榎はカッパを着て、いつもより丁寧に誘導を行っていく。  そんな中、午前八時を過ぎても、いつもの青いトラックが来ないことに気づいた。雨の日は渋滞するので若干遅くなることはあったのだが、九時前になっても新名のトラックは入って来ない。  事故でもあったのだろうか、と不安になっているとようやく、青いトラックが入ってきた。ホッと胸をなで下ろして、誘導する。窓を開けて顔を出した新名に、挨拶をするより前に榎が言う。 「遅かったから、心配したよ」 「……来る途中に、事故渋滞に巻き込まれたんで。心配してくれてありがとう」  顔を出したまま、榎に礼を言っている間、雨は容赦なく新名の頭上に降り注いだ。榎は慌ててハンカチを取り出した。それを受け取ると、新名はトラックを止めて、荷物の搬入を始め、数分で完了させた。 (久しぶりに話したな)  榎は少し嬉しくなって口元を緩めた。ほんの少し話しただけなのにな、と照れ臭くなり、その場を離れた。いつもながらの手際の良さで、配達を終えた新名は、榎が立っている方へと向かう。 「榎さん、ハンカチありがと」 「どういたしまして。これからも気をつけて」  いつもならそのまま、トラックに乗り込むのだが、新名はその場に立ち尽くしていた。 「……新名さん?」  項垂れて動かない新名に、榎が声をかける。すると新名が手を突然掴んできた。 「ごめん、榎さん! オレもうこのままなの、いやだ。でも、前みたいに戻れないの分かってるからさ、お願い」  必死の形相で新名が訴えた。 「オレと付き合ってよ! もう『タチ』とか『ネコ』とかどうでもいいからさ!」  突然の懇願に、榎は呆気に取られていた。握られた手の力の強さが、新名の気持ちを代弁している。顔を近づけて、まるで駄々っ子のようだ。  榎は驚きながら、その顔を見ているうちに何だか可愛くて仕方が無くなってきた。 (こんなに一生懸命に言ってきてくれるなんて) 『タチ』同士とか、ほんと、もうどうでもいいのかもしれない、と榎はふっと笑う。挿れられるんなら、もういっそうのこと、それを楽しんでしまえばいいんだ、と。  榎が目の前の新名を抱きしめると、おずおずと新名の腕が榎の背中に回ってきた。 「俺も、寂しかったよ」  榎がそう言うと、新名はようやく笑顔になって、うん、と頷いた。 「おはよっす!」  今朝もまた、新名が元気な声で挨拶し、運転席の窓からは太陽のような笑顔を榎に見せる。榎も笑顔になってトラックに近寄った。 「おはよう」  あの雨の日から、二人は結局付き合うことにした。付き合ってみて、気がついたことがある。新名より、榎の方が実は甘えたがりであること。新名は行動派であっという間に榎の家の近くに引っ越ししてきたこと。すでに同棲の打診までしている。そしてなにより、二人とも『タチ』同士で『ネコ』同士だ。  搬入口前の朝の挨拶は二人、付き合い出しても以前と変わらない。ただ変わったのは…… 「靖くん、首。跡が見えてるよ」  榎が手を伸ばし、首筋に触れると、新名が照れながら笑う。休みだった昨日は、一日中、二人でいちゃついていた。その名残が、首筋に残っているのだ。お互い何度『タチ』になり『ネコ』になったのか、もう、覚えていないほど。  助手席に置いていたタオルを首にかけて、跡を隠すと、今度は新名が榎の首に触れる。 「光一さんも。くっきり見えてる」 慌てて榎は首を手で押さえるとにししと笑いながら、新名が言う。 「嘘だよ、オレがそんな見えるとこ、つける訳ないじゃん」 「な……!」 運転席から降りて、荷物の搬入に取り掛かる新名。いたずら好きな恋人の背中を見ながら、榎は小さく微笑んだ。 【了】
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