菫色

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菫色

翌日の早朝。 変装をして、街の花屋に来ている。 「花は俺が選ぶ」 「いや、ちゃんとパープルの花ぐらい用意するが?」 違う、俺が言っているのはパープルではなく菫色だ。 青でもなく赤でもない、透明感のある上品な色。 あやが好んで良く着ていた羽織の色。 なかなかレオナルドに伝わらないから、探しに来た。 「もっとこう、可憐で上品な花はないのか?」 どれも大ぶりで、鮮やかな花ばかり。 小さくても力強く、控えめながら存在感があって、たくさん咲いている感じがいい。 「んーそれなら、ちょっと行ったところにある公園に、たくさん咲いているのがありますよ」 「ありがとう」 少し丘になっている公園に、小さいな菫色の花が咲き誇っていた。 「綺麗だ……」 少しの間眺めてしまう。 『あや』 戦争に行く前、行ってくると告げた俺の顔を、涙でいっぱいにした瞳で見つめていた。 何か言いたげだったが、俺が最初に止めたから。 根性の別れが悲しい涙だったなんて。 俺がすることなすこと、彼女を悲しませているように思う。 会いたい……ダメだ。ひと目だけでも……   名も知らぬ菫色の花を取ろうとしたが、止めた。 ここに連れてくればいい。 『花は地面から伸びてこそ、綺麗ですよね』 山に咲いた山桜を、愛おしそうに見ていたあやの言葉。 花瓶に飾ったって、今見ている美しさに敵う訳がない。 アリシア嬢なら、きっと喜んでくれるだろう。 馬に乗ってここまでの経路を確認。 シャロイン邸から近い場所だ。 少し離れたところで待っていた、レオナルドたちの所へ戻る。 「見つけたのか?」 「ああ、とても綺麗な場所だ。連れて行こうと思う」 「!!……お前、すっかり一目惚れしたな」 「? 惚れたなんて一言も言ってない」 「普通は従者に任せるものだ。それを自ら足を運んで選んでくるなんて、惚れているからこそできることだろう。自覚しろよ、お前はアリシア嬢に一目惚れしたんだ」 ……違うな、アリシア嬢にあやを重ねているだけ。 政略結婚をする相手を、少しでも受け入れられるように動いているだけだと思う。 あや以上に好きな相手なんて、できるわけないんだ。 こんなに毎日毎日、腹立たしいほど思い出してしまうんだぞ。 あり得ないだろう。 「城に戻る」 「はいはい、仰せのままに」
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