揺らぐ心

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揺らぐ心

王宮が騒がしい。 魔獣の出現に、騎士たちが右往左往している。 100年に一度の頻度で、森の魔素が濃くなって魔獣に影響するとか。 「必ず5人で対峙するように。内2名は神官にするんだぞ」 俺の近衛だが、緊急事態でレオナルドも指揮をとる。 俺も剣の腕を買われて、魔獣と何度か対峙した。 怒り狂った魔獣は、無差別になんでも襲う。 民にも死者が出ている。由々しき事態だ。 「慣例によって、聖女召喚を行う」 王の命で上位の神官たちが、召喚の儀式を行った。 見たこともない、複雑な魔法陣から召喚されたのは…… 「まさか……」 あやにそっくりな少女。 君があやなのか?アリシア嬢は他人の空似なのか? 有栖と名乗った聖女の世話役を、父上から命じられる。 ひとまず聖女は神官の預かりとなった。 「外見だけなんじゃないか?」 動揺を隠せない俺の肩を叩きながら、流石に心配になったレオナルドが俺の顔を覗き込む。 見間違うはずがない。 毎日思い出す彼女の記憶。 アリシア嬢とは良好な関係を築いてはいるが、どうも俺にはあまり関心がないように思う。 「おいおい、そっくりなだけだろう。アリシア嬢への想いがそんなことで緩んでしまうのか?」 そうじゃない。アリシア嬢への想いはまだある。 だが、有栖があやなら別の話だ。 涙の別れになってしまった彼女なんだ。 夢にまで見た彼女の容姿がすぐそばにある。 「しっかりしろよ。気持ちは分からんでもないが」 なら、有栖はどうなる? 日本から突然召喚されて、帰るすべもないんだ。 俺が支えてやるべきじゃないのか。 拠り所のない彼女を、救ってやるべきなんじゃないのか。 「聖女様に浮気して、婚約破棄なんて言わないでくれよ?」 俺の中でそれだけあやは大切な存在なんだ。 ぐらぐら揺らぐ俺の心。 俺と対峙する時に、少しはじらうあやの顔。 見れば見るほど、聖女はあやにそっくりで。 『魔王討伐まで、君を支える。何かあれば遠慮なく言ってくれ』 言葉の分からない有栖に、そっと日本語で囁いた。 『日本語?!わかるんですか?!』 少し安堵する彼女。 その日からアリシア嬢への訪問の数が減る。 想いとは裏腹に、有栖と親密になっていく。 懐かしい日本語での会話が、楽しい。 戦後の日本の話も聞いた。 明るく活発で、あやの顔で笑顔をむけてくる。  学園で言葉や文化を彼女に学んでもらうため、俺と一緒に入学。 「アレックス王太子殿下。姉が婚約者だということお忘れなきよう」 アリシア嬢の妹君、コーディリア嬢から痛い言葉が飛ぶ。 彼女は初等部の生徒だ。 「姉様を捨てるんですか?」 アリシア嬢は悪くない。 悪いのは揺らいでしまった俺の心。 頼ってくる有栖を見捨てられない。
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