始まり

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始まり

病院独特の匂いがする一室。 身内に見守られて、静かに最後の時を迎えようとしていた。 「おばあちゃん!まだ死なないで!」 目にいっぱいの涙を溜めた曾孫の弥生が、しわくちゃの私の手をぎゅうっと握る。 「もう103年も生きたわ…ふぅ…本、読み続けてね」 「やだ!まだたくさんおばあちゃんと本を読みたいの!」 もう高校生だって言うのに、小学生みたいな事言って。 ふふ、でもありがとう。 弥生がいるおかげで、入院生活も楽しかったわ。 「おばあちゃん!!」 弥生の鳴き声が遠ざかる。 泣かないで。おばあちゃん、あの世で吾郎さんと待っているから。 あんまり早く来ちゃダメよ? 弥生の物語を聞くの、楽しみにしているんだから。 江本 あや、103歳9カ月。老衰で、静かに息を引き取った。 はっと気がついたのは、可愛らいしいお菓子を口に放り込む前。 木漏れ日が優しくさし、花々が咲く庭園。 白いテーブルに、お茶と上品な洋菓子が並んでいる。 私の対面に座っている、優しそうな外国の女性。 何か優しく喋りかけてくれているけど、何を言っているか分からない。 私とうとう幽霊になっちゃったの?未練なんてないのだけど… 食べようとしていたお菓子を食べてみる。 あれ?美味しいわ。幽霊ではないみたい。 導かれるがまま、夕食をお人形のように綺麗な外国の人と食べ、豪華な浴槽で入浴し、寝相が悪くても落ちなさそうな大きなベッドで眠った。 『あー夢じゃないんだ』 歳を取ってから、早朝に目が覚め出したこのクセは健在ね。 まだ暗いうちにベッドから起き出し、鏡の前に立ってみる。 灯りに照らされた見事なグレージュの長い髪、濃い紫色の瞳と白い肌。 見たところでは、3歳ぐらいの可愛い少女が立っている。 右手を上げると、鏡の中の少女も右手を上げる。 つねってみたり、飛び跳ねてみたり。 絵本から出てきたようなこの少女は、今私の体になっていると理解。 私がやるべき事は、「言葉と文字を覚えること」。 周りの人々に聞くにしても、書物を読むしても言葉や文字が分からなければ何もできない。 身振り手振りでお世話をしてくれる女性に、勉強がしたいと申し出る。 驚きながらも、机に椅子、書くものを用意してくれた。 よーし!頑張っちゃうから! 1年と3カ月をかけて言葉と文字を習得。 分かった事は… 大陸を武力で統一した王族が治める国ヴァルト。 紛争やレジスタンスなども鎮圧して、統一国家となった。 今王となっているのは85代目。 統一されてから80年を迎える今年は、盛大にパレードがあるみたい。 ……戦争はもうないのね。あんなもの永遠に無くなればいい。 失うことしかない戦争なんて。 それから、私について分かった事が多数。 ヴァルト国大臣デュロイ=シャロイン=ギリアムは私のお父さん。 王の妹アマナ=シャロイン=ロイトは私のお母さん。 私はというと、 アリシア=シャロイン=アマナ。公爵令嬢という身分である。 兄が2人いて、私は末娘ということになる。 優しい両親、少し歳が離れた甘々な2人の兄たち。 想像もしていなかった境遇に少し慣れてきた頃。 重要な記憶を思い出してしまった。
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